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2008年12月01日

ピエ・カンツィオーネス、そしてシベリウス

sibelius_tuonela_jarvi.jpg2008年も残り1ヶ月・・・、本当に時間の経過は早い。2日間にわたる名古屋での「人間力向上セミナー」では、お陰さまでまた多くの「気づき」を得ることができ、ご参加いただいた(そしてご協力いただいた)皆様にも相応の納得のゆく成果を持って帰っていただけたのではないかと自負している。グループ・ダイナミクス的に考えると、本当はもう少し多くの方々とのコミュニケーションを通じながら自己の振り返りをする方が望ましいのかもしれないが、なるべく個々のニーズに合うような手作り感を求めていくと、少人数というのも決して悪くないものだと実感した。
昨日のセミナーでもお話ししたのだが、「相手の状況や状態を顧みず、一方的に発信するのではなく、水の流れに逆らわず、波に乗るかのように他者とキャッチボール、すなわちコミュニケーションができるようになると、人間の関係性は一層濃く、深いものになるのではないかと思う。より「人間らしく」、より「自分らしく」生きていきたいものだ。

師走の空気が感じられ、そして何より「クリスマス」という雰囲気が充溢する中、久しぶりに散歩をする(随分歩いた)。新宿の伊勢丹経由で、代々木上原にある友人のお店「マツリカ」へ(今日は休業だったが、特別に開けてもらった)。そして上原から参宮橋までは徒歩、最後は小田急線に乗って新宿へ。
帰宅早々、クリスマスツリーを飾り、「ピエ・カンツィオーネス-フィンランドの古い聖歌集」(ハラルド・アンデルセン指揮クレメッティ室内合唱団)を聴く。20年ほど前「サントリー新リザーブ」のコマーシャルに使われていた15世紀ボヘミアの名曲「天の使いは来り」に始まるクリスマスに相応しい心洗われる合唱曲集。人間の声というのは本当に澄んでいる。そして得もいわれぬ「癒し」と「温かさ」に満ちている。
この音楽に触発されシベリウスの合唱曲全集から数曲抜粋で聴き、さらに管弦楽曲集を・・・。

シベリウス
交響幻想曲「ポホヨラの娘」作品49
交響詩「夜の騎行と日の出」作品55
4つの伝説曲作品22
ネーメ・ヤルヴィ指揮エーテボリ交響楽団

ネーメ・ヤルヴィのシベリウスは、ベルグルンドのものとも、あるいはセーゲルスタムのそれとも、ヴァンスカのそれとも明らかに違う「輝き」を秘めている。カラヤンのシベリウスがもつスマートさとバーンスタインの異形のシベリウスのもつ粘っこさが同居したかのような不思議な感覚を想起させる音楽作りといえばいいのかどうか・・・。

乾き切った凍てつく空気に、シーンと静まり返った北ヨーロッパの大地。
人と人とが「つながる」際に発する「温かさ」、そして「一体感」。シベリウスの音楽には自然と人間の織り成す調和がある。

2008年11月28日

Spain

chick_light_as_a_feather.jpg事が起こってしまってから気づいて「後の祭」だということがよくあろう。
問題が起きたときに、大抵の人はその原因を「外」に見つけようとする。どんなに血眼になって探そうとも「外」にあるはずもなく、結局は自分自身の「内」にあるのだということに気づけるだけで様子はガラッと変る。問題やトラブルは恐らくほとんどの場合、「エゴ(我)による行動」をその因としているのだから、「エゴによる行動」か「そうでないか」を見極められるようになると、途端に事はうまく運ぶようになる。その見極めはかなり難しいと思うが、自分自身の「直観力」、「感覚」をもっと信じるところから始めることが肝心だ。初めの直感ほど「正しい」ことはない。迷いに迷って、考え過ぎれば考え過ぎるほど人は道を誤るもの。

幼少時に失明したにもかかわらず、ホアキン・ロドリーゴが世に送り出した名曲は数多い。中でも美しい旋律と哀愁漂う楽想をもった傑作「アランフエス協奏曲」は20世紀が産んだ5本の指に入る協奏曲といっても過言ではない。まさに「直感」だけを頼りに孤高の作曲家が生み出した心に染み入る音楽。今や通俗曲となったこの曲を普段好んで聴くことは滅多にない。しかし、年に1度か2度、ふと取り出して耳にするのはカルロス・ボネルがデュトワ&モントリオール響をバックに録音したDecca盤(1980年:この頃のデュトワはまさに飛ぶ鳥を落とす勢いで、ロシア物、フランス物、スペイン物など多くの名盤を残している)。ともかく涙が出るほど美しい。第2楽章のあの有名な憂愁感漂う旋律を創出しただけでもロドリーゴは偉い!

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2008年11月27日

「つながり」を意識すること

Albeniz_Iberia_Hamelin.jpg一気に冬到来という気候で、雪でも降るのではないかと思わせるほど外の空気は冷たい。雨は明日の明け方まで続くとのことだが、風邪等ひかぬよう注意したいところ。週末は名古屋でセミナーがあるし、来週も予定が結構入っているので病気になっている暇はない。その字の如く「病は気から」というが、身体を冷やさないようにしつつ、意識を外に向け(つまり気を吐き)、人が喜んでくれる姿を想像しながら生きていると絶対倒れることはない。セミナーを受講していただく際、僕は「ここにいる自分以外の方たちのために一生懸命やってください」と皆さんにお願いする。人は誰でも他人のために生きているようなもので、そのことに気づき、そういう生き方が自ずとできるようになることで「人間力」が大幅に向上するということを間近にたくさん見てきたものだから、必ず冒頭に申し上げるのである。
「世界は一つで、すべてつながっており、自分もその一部である」ということを全ての人が自覚、認識したら世の中は本当に良くなるだろうな・・・。

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2008年11月26日

モンポウを聴く

mompou_plays_mompou.jpg昨日も今日も快晴。「愛知とし子ピアノリサイタル」にご来場いただいた皆様にお礼のメールを送ったところ早速いくつも返事をいただいた。音楽はもちろん良かったのだが、それ以上に見事だったのが、借景のように雨に濡れそぼる庭園をバックに、ピアノの音色と連動するかのように風がたゆたい、鳥が舞い降りる光景がたまらなく魅力的だったという感想がことのほか多かった。本当にどういうわけか24日のリサイタル当日だけ雨模様になるとは、これこそまさに天の配剤というか、神様が与えてくれた演出というか、こんなに幸運なことはない。ともかく、大勢の方々にご来場いただき、喜んでいただけたのだとあらためて実感した。

時と共に消え往く運命である「音の芸術」は、時間と景色の移り変わりと交錯することで本当に劇的な印象を与えるもの。特に、東京都庭園美術館のように、通常のホールとは違ったシチュエーションでのリサイタルはまた別の感動を与えてくれるから価値がある。来年にはホールが老朽化のため一旦壊されるということだが、何だかもったいないように思う。

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2008年11月25日

秋晴れにフランク

franck_gitlis_argerich.jpg前にも書いたアランの弾くフランクのオルガン曲を聴いていると、何とも不思議な気分になる。それはJ.S.バッハのオルガン曲とは違って、問答無用の宗教臭さが微塵も感じられない音楽であり、母なる大地を連想させる温かみと静けさをあわせもつ「幸福な調べ」なのである。
「過去と未来を鳥のように俯瞰しながら見渡せたら・・・」
そう、タイムマシーンに乗るような錯覚を催させるのだからこれはもう「麻薬」である。
そのフランクがその名声を確固としたものにした名曲がヴァイオリン・ソナタ。これは敬虔なカトリック信者であったフランクが世に送り出した突然変異的な傑作で、この音楽の中にもはや「フランク」という人間は存在していない。ただ妙なる音楽が鳴り響くのみ。おそらくこの音楽を感動的に表現するには相応の経験と年季が必要だろうことは楽器のできない僕にも手にとるようにわかる。
とはいえ、この音楽には数多の名盤が存在する。古くはティボーとコルトーのデュオ。そしてチョン・キョン・ファとルプーが録音したもの。さらにはマイスキー&アルゲリッチのチェロ版によるもの。ゴールウェイのフルートによる版での演奏(アルゲリッチのピアノ)というものもある。いずれの音盤で聴いてみても当然感動的だが、今日はギトリスがアルゲリッチの伴奏で演奏した別府でのライブ録音を取り出そう。

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2008年11月24日

雨模様の庭園美術館

brahms_wlach_quintet.jpg目黒の東京都庭園美術館大ホールでの「愛知とし子ピアノリサイタル」が無事終了した。先日の多治見でのコンサートの日もどういうわけか雨だったが、今日も午後から雨模様。リサイタル開始時間に合わせたかのように雨が降り始め、時間を追うごとに雨脚が激しくなっていく。主催者側からすれば生憎の雨で申し訳ない気持ちにもなるのだが、実はこの雨こそが最高の演出だったことに後から気づく。
この会場は多目的ホールゆえ通常のコンサートホールとは造りが違う。そのため音響こそ問題があるものの観客席から見る窓越しの背景には雄大な庭園が展開しており、雨に濡れた木々や風に揺れる木の葉がピアノの音と連動するように映え、雰囲気満点の舞台になった。お客様にも喜んでいただけたようで本当に良かった。それに、この時期、日の落ちるのも早く、コンサートが終盤になるにつれ少しずつ暗くなっていく様は見事で、薄暮の中でのピアノの音色は何とも感慨深かったことを付記しておく。天に感謝。

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2008年11月23日

ショパンとシマノフスキ

szymanowski_carmina_quartet.jpg仕事で「決めること」が苦手な人は、自分のことについても「決めること」が下手なようだ。何でもそうだが、後退するのでないなら右に行くか左に行くかしかないわけだから、「度胸」をすえて即断即決。そして一度決めたら梃子でも動かないという「信念」が大事。それは決して頑固になれということではない。腹をくくって、「たとえ火の中、水の中」。
進め、進め、前に進め。後ろを振り返ってもどうしようもない。立ち止まって考え込んでも時間をロスするだけ。自分を信じるべし!
午前中、ミーティングをしながらふと考えたこと。人の振り見て我が振り直せ。

シマノフスキを聴く。ショパンと並びポーランドを代表する作曲家とはいえ、「ピアノの詩人」の異名をもつショパンに比してシマノフスキの人気は決して高いとはいえず、主要な作品群もほとんど聴かれないのではないだろうか。そういう僕もこの作曲家のことに関しては極めて疎い(ほとんど何も知らないと言っていいくらい)。ただ、どんな作曲家であろうとその音楽を聴いて、感じ、考えたいという好奇心は常に持ち合わせているので、「レコ芸」などで発売当初随分評判が高かったと記憶するカルミナ四重奏団による弦楽四重奏曲を久しぶりに取り出した。

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2008年11月22日

ワインの楽しみ方講座、そしてコルトーのショパン!

chopin_waltzes_cortot.jpg府中のアビリティーズセンターで開催された「ワインの楽しみ方講座」に参加した。ワインの薀蓄に始まり、5種のワインのテイスティング、そして美味しいディナーをいただき、参加された方々と愉しく歓談し、あっという間の4時間半であった。途中、三野友子さんのライアー演奏(「主よ、人の望みの喜びよ」、「いつも何度でも~映画『千と千尋の神隠し』」)と愛知とし子のピアノ演奏(ショパンの嬰ハ短調ワルツと要望にお応えしてモーツァルトのトルコ行進曲)を交え、お酒をいただきながらほろ酔いで聴く音楽の素晴らしさと、音楽の持つ「癒し」、「人々を陽気にする」効果をあらためて実感した。
ところで、「ワインと健康」と題する講座の中で教えていただいたワインに関する知る人ぞ知るというマメ知識は大変興味深く、また参加させていただきたいと思った。とにかく面白い(それは、講師である伊東会長のお話のうまさに依るものだが)。
ちなみに、ワインは古来より通風治療の特効薬であったということに始まり、ワインのカクテルが強精剤になること、また「純粋理性批判」を著したエマニュエル・カントが80歳で死ぬ日までワインを飲まない日はなかったということなど、ワイン好きに限らずとも興味の尽きない話の数々はとても勉強になった。感謝です。

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2008年11月21日

ピリスのショパン!

chopin_pires.jpg「チベット体操!世田谷教室」が某タブロイド版夕刊紙の取材を受けるということで、男性実践者の一人としてコメントをいただきたいとお声が掛かった。昼には所用があったので、わずか1時間ほどだったが参加者の方々と交流し、チベット体操の効果(というか体験談)を少しばかりお話させていただいた。考えてみれば「チベット体操」なるものを始めてからかれこれ5年目に突入する。その間、一日たりとも休まず続けているのが自慢といえば自慢だが、確かに目に見えて効果が感じられるので、結果的には「辞められない」のである。1回1回自分の内なる声に耳を傾け、無心に身体を回転させ、深い呼吸を伴ったポーズをとる作業はもはやなければならない「習慣・日課」になっている。

以前雅之さんがコメントで書いておられたピリスのショパン後期楽曲集を聴いた。同じく輸入盤の発売が待ちきれず、我慢ならず手を出してしまったのだが、多少値が張るとはいえ解説書の装丁や内容は国内盤ならではのもので、これはこれで良しとする。
ところで、その内容。CD2枚に亘って収録された楽曲はその全てが「精神性」の高い、まさに晩年のショパンの心情や境地を体現した屈指の名演奏で、もうこれは山あり谷あり様々な人生経験を積んだ、ある程度年齢を経た演奏家でなければ表現できないだろうと思われる最強のショパン・アルバムだと独り心の中で感動して絶叫してしまった(笑)。
何となくCD2から聴き始めたのだが、特に、第1曲目の「幻想ポロネーズ」は(これはショパンの最高傑作の一つだと僕は考える)、例のカーネギーホールでのホロヴィッツの凄演とは全く違うノリと解釈で弾き切った女性ならではのたおやかな演奏で、もうのっけから卒倒しそうになったほどだ。それに、先日愛知とし子が多治見公演でも披露した「3つのワルツ作品64」。参った。圧倒的にピリスの勝ち(笑)・・・(あ、当たり前か・・・)。ゆったりとした余裕のあるテンポと息遣い。特に、嬰ハ短調はこうでなければならない。かのルービンシュタイン以上に愁いと哀しみが内面から滲み出るような演奏で、この曲のイチ押し推薦盤。これは必聴!

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2008年11月20日

関係の質

mozart_20_24_uchida.jpg思考を文章化するのは極めて難しい。頭の中で言いたいことはたくさんあるのだが、それを大勢の人に理解できるように目に見える形にするには相応のテクニックが必要なのだろう。特に、独りきりで問答するとなるとなおさらだ。
今、「関係」というものがごくごく僅かながら話題になってきているように思う。これは、僕自身が企業研修などで最近テーマにし、口を酸っぱくして語っていることなのだが、どこの会社、組織(あるいは個人という観点からみても)も「成果」というものを重視する。「成果」というのはプロセスの「結果」なわけだから、要は「結果」を出すことに誰もが躍起になる。「結果」を得るには、まず「行動」変容が重要な要素になる。「行動」変容を促すには「思考の癖」に気づき、より前向き・素直な姿勢に自らを変えていかなければならない。そこでネックになるのが「他」との関係である。人間は誰しも(というより物は何でも)環境にもろに左右される。つまり世の中に存在するすべてのものがそのもの一つで成り立っているのではなく、どんなものでも「他」との関係、相対的な関係の中で成立しているということだ。よって「絶対」というものはいわゆる「神仏」というものにしか存在しないことになる。般若心経にある「色即是空、空即是色」こそが宇宙の真理ということなのだろう。

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2008年11月19日

久しぶりにQueen

queen_2.jpgどうやら今日がThe Whoの最終公演らしい。今朝から朝日新聞を読んでいると、先日の彼らの公演評が大々的に採り上げられており、世間から相応の注目を浴びているような印象を受けた。ちょうど夜は予定が空いていたものだから行こうか行くまいか散々迷った挙句、結局今回は見送ることにした(いや、ひょっとすると本当にこれが最初で最後の単独来日になるのかもしれないので、意を決して動こうとしたものの、一方で今更という感もあったので「まぁいいか」とあっさり諦めたというのが事実である)。

迷った時は行動するというのが鉄則。確かにコンサートひとつとってみても「後の祭」ということが何度かある。中でも、今でも忘れられないのがQueenのこと。85年だったかの来日の際(代々木第一体育館でのコンサートだったと記憶するが)、何と彼らはFirst Albumからの楽曲まで披露し、当日当夜その場に居合わせた幸運な観客は、久しぶりに往年のQueenらしいパフォーマンスを堪能できたらしいという話を後から聞いた。そして、同時に、「これでQueenも見納めなのではないか」(結局それは現実となったのだが)という憶測まで立ち昇ったことから、後々まで友人たちの間で語り草になった。このコンサートに興味を持ちながらも行かないという選択をしたことが今となっては悔やんでも悔やみきれないのである。だから、The Whoの来日コンサートにはやっぱり行っておけば良かったかなどとまだうじうじしている(笑)(何だかんだいってまた来ると期待しているのだが・・・)。

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2008年11月18日

前のめりの推進力

beethoven_brendel.jpg16日の多治見での「愛知とし子ピアノリサイタル」は250名以上ものお客様にご来場いただき、盛況のうち終了した。ピアニスト本人は諸々の点で反省はもちろんあるようなのだが、ミスタッチなどのトラブルが当然あってこそのライブなので、そういう細かいことは横に置いておくとして、純粋に一聴衆として客観的に判断してみてとても優れたコンサートであったと思う。あえて一つ付け加えるなら、少々「お話」が長すぎる印象を僕は持ったが、一般のお客様方にはあの「しゃべり」も好評だったようだから、プログラム全体として捉えると、やはり愛知とし子ならではの演奏会になったのだろう。

昨晩も録画ビデオをプレイバックしてみたのだが、思った以上に本当に良い。当日右手後方の位置で全曲をしっかり聴かせていただいたが、いつものように本人以上に緊張していたせいか、上の空で(笑)、細かい点の記憶が正直あまりない。特に、前半最後の「英雄ポロネーズ」あたりから演奏者の「苦悩」(笑)が手に取るようにわかり、居ても立ってもいられなかった。とはいえ、このポロネーズは(瑕は少々あったものの)コーダなどは後半最初の「テンペスト」同様、愛知とし子の持つ「前のめりの推進力」、「未来に向かっての意志力」を感じさせてくれるような演奏で、彼女の本領というのはまさに「前に向かって進む大いなる力」を表出する音楽で発揮されるものなのだということがあらためてわかったことが収穫であった(まぁ、裏返せば「せっかち」な性格という表現にもなるかもしれないが(笑)・・・)。僕はもともと重厚でゆっくりとしたテンポの演奏を好んで聴いてきたのだが、この頃はこういう「猛烈な動き」を伴ったキリッと締まった速目のテンポの演奏-そう、ムラヴィンスキーカルロス・クライバー、あるいはシューリヒトに代表されるような即物的だが個性豊かな演奏が断然好きになっている。
それに、ベートーヴェンやブラームス、あるいはシューマンというどちらかというと暗鬱とした内燃するような妖気を醸し出すドイツ物を中心に「推進力」のある演奏を心がければ、愛知とし子の立派なライフワークとして成り立つんじゃないかと勝手に期待した次第である。

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2008年11月15日

がんばれ!

wagner_rogner_meistersinger.jpg「逃げちゃダメだ」。昨日、夜遅くに先日のセミナーの個人セッションでアドバイスしたひと言。いつも思うが、忠告やアドバイスというのは結局自分自身に言っているようなもので、昨晩もそういいながらふと「新世紀エヴァンゲリオン」のことを思い出した。第1話で、初号機のパイロットに突如指名されEVAを目の前にして碇シンジが心の中で叫ぶ言葉が「逃げちゃダメだ」。結局彼は勇気を振り絞ってEVAに搭乗することになるのだが、僕にとってあのシーンはとても印象的。
なぜ印象深いのか自問してみると、少なくとも若い頃の僕は「逃げる」ことばかり考えていた傾向があるからだ。そう、性格は極めて「びびり」だったわけです。ところが、人生いつまでも逃げていられないということがある時にわかる。少なくとも社会に出てからは必ずチャレンジをしなければならない状況に置かれるのだから面白いもの。まぁ、よく考えてみると全ての行動は自分自身が判断して選択しているわけから、やっぱり僕は「勇気があるんだ!(笑)」などとも思って、自分自身を日々鼓舞している。
物事はぶつかるか逃げるかどちらかである。「今」をベストを尽くして生きるなら、何でもそうだと思うがチャレンジすべし。

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2008年11月14日

ヴァントのポストホルン

Mozart_posthorn_wand.jpgマニュアルを参照しながらMT4を使ってセミナーのホームページをコツコツと作っている。ほぼ大枠はできたのだが、問題が一つ。普段、僕はブラウザにFirefoxを使っており、どういうわけかアップロードした画像がFirefoxでは表示されない(IEで確認すると、こちらは問題ない)。キャッシュの問題か、それともCookieの問題なのか、IT素人ながら一応あぁじゃないかこうじゃないかと思案、推測しながらいろいろと試みても解決しない。もちろんマニュアルのQ&Aにはそういう類の質問は明記されていないので、どうしたものか・・・。おそらく「何だ、そんなことか!」というような些細な何かが問題になっているだけなんだろうが、僕の知識ではこれ以上はお手上げ。どなたかお知恵を拝借できる方いたしたらご教示ください。よろしくお願いしますm(_ _)m

僕は専門的にITやコンピューターのことは一切勉強していない。ともかく仕事上の必要性から見よう見まねでPCを触りながら学習してきたが、基本が理解できていないからこういうところでつまずく。誰かわかる人に最初からお任せでやってもらえば何の苦労もないが、それだといつまで経っても覚えない。一度「壁」にぶち当たってクリアしておくと、そのことは忘れないから後から必ず役にたつ。他人に教えてあげることもできる。人間にとって「挫折」や「壁」は必要なんだということが、こういう時にも確認できるから、人生って素晴らしい(大袈裟・・・)。

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2008年11月13日

モーツァルトの初期弦楽四重奏曲

mozart_quartet_hagen.jpg日々日記のようなつもりでブログを書き始めて1年半が経過するが、過去の記事をたまに振り返ってみてみると面白い発見がある。ブログそのものに対する捉え方が、初期の頃はあくまで「自分が日常で感じたことや思ったこと、あるいは体験したこと」を漫然と書きながらその日に聴いた音楽のことと多少絡めながら書いていたように思うのだが、いつの頃からかブログを見ていただいているだろう不特定多数の方々(といっても1日あたり100人くらいの閲覧数なので全く話にならないのだが)を意識して、「人間教育」にこれまで懸けてきた「想い」や「気づき」を中心に僕なりの「考え」を少しずつお伝えしたいという気持ちが強くなり、ついつい文章量が増えてしまっている。
これはひょっとすると不評かもしれないので(読みにくいという意味で)、もう少し頭を整理し、簡潔明瞭にポイントを絞って書くことを心がけよう。

朝から打合せ等で外出し、帰宅したのが14:00頃。昨日に引き続きモーツァルト漬け。カール・ベーム&ベルリン・フィルの交響曲集Boxセットから第31番ニ長調K.297「パリ」以降の交響曲を通しで聴き、ハーゲン四重奏団による「初期弦楽四重奏曲集」を順番に聴く。どこの時代を切り取ってもモーツァルトはモーツァルト。人間の持つ翳の部分、「弱み」さえも赤裸々に表現し、そしてその表現がことごとく「的を得ている」という意味で、「人間らしさ」、そしてその「不完全さ」の中に見る「美しさ」をこれほどまでに完璧に表現できた音楽家はモーツァルトの他にいまい。
人間というのは本来存在そのものが美しいものなのだとモーツァルトを聴いて再確認する。決して卑下することなかれ。あなたはあなたのままでいいのです。

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2008年11月12日

ホメオパシー、やっぱりモーツァルト

mozart_haskil_grumiaux.jpg「出現する未来」(ピーター・センゲ、オットー・シャーマー、ジョセフ・ジャウォースキー、ベティー・スー・フラワーズ共著)を読み始める。最近読んだ「ダイアローグ」「シンクロニシティ~未来を作るリーダーシップ」と同種の傾向を持つ、ここ1、2年で僕が体感的に感じとり、セミナーの中心テーマにしようとしていることが別の角度で明文化されている本で、滅法面白い。方向性は間違っていないんだということを確認する。今多くの人が直面している問題が根深いのは、人と人との関係だけでなく、人と自然との関係が失われている、つまり断絶してしまっていることに原因があるのではと問いかける。では、その断絶をどうやって埋めていくのか・・・。おそらく読み進めていくうちに著者なりの最終解答を見出すことになろうが、「まずはひたすら見て、感じて世界と一つになり、そして自己の内面を内省し、自然の理にかなった動きを素早くせよ」ということが提示されている。納得。

生きる意味を深耕する月刊誌「MOKU」8月号の佐治晴夫先生の記事「すべては『虚空』から生まれた」という記事を読んで、こちらも僭越ながら僕が近頃考えていたことと同じようなことが物理学的、宇宙論的、インド哲学的な観点から書かれており、とても面白かった。-インド最古の宗教詩「リグ・ヴェーダ」中の宇宙開闢の歌である「そのとき無もなかりき、有もなかりき。空界もなかりき。その上の天もなかりき。何ものか発動せし、いづこに、誰の庇護の下に。深くして測るべからざる水は存在せりや」をモチーフに「0(ゼロ)の発想、ゼロ的な生き方」を先生の深い見識から説き、ゼロ、すなわち今を一生懸命に生きることこそが大事なのだということを書いておられる(過去を嘆いたり、未来を心配するのではなく)。
先生は理論物理学者で、現在鈴鹿短期大学学長の職にある方だが、物理学に限らず、哲学、宗教学、音楽、数学、美術、文学などあらゆる方面に長じていらっしゃるようで、わずか数頁の雑誌への投稿ながら、数多の人を魅了するだろう博識ぶりに舌を巻く。先日相方が先生の講演を聴き、帰ってくるや伺った話を機関銃のように説明し、「感動した」という言葉を繰り返す様を見て、人間としてもとても魅力的で素晴らしい方のようだと感じた。とにかくこの先生のお話はお会いして、じかに聴いてみたいものだ。
ちなみに、彼は、自分とは「自」然の「分」身を意味する言葉で、そういう観点から自分を知るための一つの営みが宇宙の研究なのだという。なるほど。

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2008年11月11日

人は皆ひとりひとり価値ある存在である

mozart_clarinet_quintet_wlach.jpgようやく落ち着いて、多少の暇ができたので「人間力向上セミナー」の簡単なホームページを立ち上げようと頭を捻り出した。本格的なものを作るだけの費用と労力はかけられないので、あくまでページを見ていただいた方にどういう内容のセミナーを主宰しているのかの大枠がわかるようなものにしようと思っている。
何をどういう風に掲載するかを考え始めて、壁にぶち当たった。毎回セミナーを実施するたびに受講生にお話することを、簡潔にわかりやすく文章化するのは意外に難しい。自分が提示したいことが明確にあり、目の前で語れといわれればできることが、不特定多数のまだ見ぬ方々を相手にするとなると途端に難しくなるのだ。

やっぱり人間のコミュニケーションというのは、空間を共にし、目を見つめて、時には触れ合い、お互いの呼吸を感じながら進めていくのがベストなんだということをこういうことからも実感する。もちろんWebマーケティングの専門家に委ねれば、ツボを押さえた回答、解決策をいただけるのであろうが・・・。

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2008年11月10日

ゼルキンの「ジュノーム」協奏曲

mozart_9_serkin_abbado.jpg僕にとってモーツァルトのピアノ協奏曲は「心の故郷」である。モーツァルトの真髄を知るなら歌劇かピアノ曲をということはよくいわれる。まだクラシック音楽を聴き始めて間もない頃、ラローチャの独奏でショルティが演奏した第27番変ロ長調K.595のえもいわれぬ美しい調べに夢中になり、この音楽を聴かないまま眠ることのできなかった日々を思い出す。以来、第20番以降のピアノ協奏曲を中心に様々な演奏家の録音(高校生だったゆえ、当然レコードをそう易々と買い集められるわけでもなく、FMのエアチェックや友人からレコードを借りてカセットテープに録音するという作業を繰り返していた)をのめりこむように聴いては友人とモーツァルトのピアノ協奏曲について熱く語ったあの頃が不思議に懐かしい。

久しぶりにゼルキンがアバドのバックで老練の極みのピアノを披露した演奏が聴きたくなり、第9番「ジュノーム」と第17番がカップリングされた名盤を取り出した。もうかれこれ20年近く前、CD初期の頃に買い、もう何年、いや10何年も聴いていなかった音盤である。

モーツァルト:ピアノ協奏曲第9番変ホ長調K.271「ジュノーム」
ルドルフ・ゼルキン(ピアノ)
クラウディオ・アバド指揮ロンドン交響楽団

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2008年11月09日

wagner_knappertsbusch_munchen.jpg5つの儀式で有名なチベット体操には、実は第6番目の儀式(体操)がある。僕は5年前から欠かさずこの体操を朝課にしているが、第6体操だけは封印したままだ。なぜなら、いわゆる性的なエネルギーをより高次のエネルギーに転化するためのワークゆえ、「性機能を捨てる、あるいは捨てても良いと考えている人」にしかオススメできないからだ。裏を返せば「生命エネルギー」の源泉が「性的エネルギー」と直結しているということ、すなわち生命活動そのものが「性」であるということなのである。

40数年前上映された際、物議を醸した三島由紀夫の「憂國」のDVDを観ていて、三島という作家がいかに未来と過去を縦横無尽に往来できた宇宙人的な人間だったのかがあからさまに想像でき、彼の作品どころかその人間性にこれまで以上に興味をもつようになった。とにかく、この映画は18歳未満NGの但し書きがついた30分ほどの短編映画ではあるものの、思ったより過激な演出は少なく(いや、最後の切腹、そして妻の愛に基づく死のシーンは過激かな・・・)、時間の経過を全く感じさせない不思議なリアルさをもつのである。

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2008年11月08日

小助川亮子ピアノリサイタル

liszt_sonate_argerich.jpg知人のお招きにより東京オペラシティリサイタルホールで開催された「小助川亮子ピアノリサイタル」に出掛けた。観客の入りは6~7割といったところか・・・。しかも、「敬老の日」のイベントではないのかと勘違いさせるほど(笑)どういうわけか聴衆の大半がシルバー層。

シューマン:クライスレリアーナ作品16
休憩
ラヴェル:ソナチネ
リスト:ピアノ・ソナタロ短調
小助川亮子(ピアノ)
14:00開演 東京オペラシティリサイタルホール

さぞかしアルゲリッチが同じ内容でやったらば凄いことになるだろうと予想されるようなロマン派ヴィルトゥオーゾ的果敢なプログラム構成。終演後にホワイエで少しばかりお話させていただいたが、ライフワークとしてベートーヴェンを中心に活動されており、テクニック的なバランスを崩さないために、時折今日のようなプログラムを組むのだという。失礼だが、全く期待していなかった小助川氏の今日の演奏は、技術といい音楽の創り方といい思った以上に素敵で、特に後半の2曲、つまりラヴェルとリストはこの小さなホールでやるのは少々もったいないかなと思わせるほど息もつかせぬ凄演だったと思う。

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