幸せ
「スパイダーマン3」を観た。
友人たちがこぞって薦めるので前から気にはなっていたが、DVDで観ればいいやと思っていた。しかし、ふと気になりふらりと映画館に入った。
1作目も2作目も僕は観ていない。だから、スパイダーマンが何ぞやという知識、先入観は皆無。
しかし、よかった。自分と重ね合わせてしまう。人間らしい、というより人間そのものだ。「光」の部分と「闇」の部分が交錯する。目前の相手の姿勢、状態、反応によって「神」にも「悪魔」にもなりうる。スーパーマンのように常に「神」であることは難しい。が、「それが人間なんだ」って言ってしまうと「棚上げ」、「正当化」になってしまう・・・。
マーラーの交響曲第6番イ短調「悲劇的」を聴く。
ヴァーツラフ・ノイマン指揮チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1203263
マーラーは「神は存在するか否か」というテーマを自問自答し続け、一生苦悩して生きた大作曲家である。彼の音楽には「聖と俗」、「光と闇」、「善と悪」が混在する。
幼少時のトラウマが音化され、自分でもどうやら収拾がつかなくなっているような支離滅裂さが大抵の楽曲には垣間見られる。
しかし、この第6交響曲に限ってはなぜか「統一感」があるのである。1時間20分の大曲であるが例外的に聴きやすい。
なぜか?
答えは単純明解。
楽曲の形式や調性のバランスがとれているからという答えももちろん正解である。
しかし、以下が最大の理由であると僕は考える。
この曲が作曲された時期は、マーラーにとって指揮・作曲の仕事面でも、健康・家庭の生活面(アルマと結婚し子供も生まれた)でももっとも充実した、人生最大の幸福な時期にあったのである。
物質的精神的安定。要は、「幸せである」ことが重要なのである。
1.[返信]
スパイダーマンは1と2も見てよ。
結構ポイントだよ。
投稿者: 一パパ | 2007年05月30日 18:24
日時: 2007年05月30日 18:24
2.[返信]
了解!観てみるよ。
投稿者: おかちゃん | 2007年05月30日 18:34
日時: 2007年05月30日 18:34
3.[返信]
こんばんは。
愛する妻子の元に久しぶりに帰り、幸福感に包まれながらコメントします(ここ、笑うところ?)。
マーラーは人生最大の幸福な時期に、なぜこんな縁起でもない曲を作ったのか?ベルティーニが生前語ったように、自らの悲劇的な未来にとどまらず、広島、長崎の原子爆弾や9.11同時多発テロのワールド・トレード・センターに突っ込んだ2機のハイジャック機を、芸術家の予言として2度のハンマー打撃に託したのか?(最近では、ミャンマーのサイクロンと中国四川省の大地震という見方もできるかも)。
すっかりショスタコに興味が移ってしまった私ですが、この6番と10番(補筆完成版)だけは偏愛しており、目ぼしいCDは新譜も含めほとんど持ってるんじゃないかと思うほどです。6番については昨年から今年だけで、沼尻竜典/日フィル(金曜、土曜と2回も聴いた!)、インバル/都響↓
http://www.hmv.co.jp/product/detail/2718275
ハーディング/東フィルと、サントリー・ホールで合計4回も実演を聴いています(過去にはベルティーニ/都響の横浜での名演↓
http://www.hmv.co.jp/product/detail/295714
も聴いていますし、アマオケで弾いた経験も有ります)。6番はいつ聴いても傑作だと思いますし、5番より人気の無い理由もさっぱりわかりません。映画の影響が無ければ5番のアダージェットより、6番のアンダンテ・モデラートのほうがどう考えても音楽的には断然上だと信じています(この楽章は最新の学説じゃなくて、絶対第3楽章であるべき!)。
なお私のこの曲に対する好みはご紹介のノイマン含め整った名演のCDが数多く出ているにもかかわらず、皆さんがボロカスにおっしゃるシノーポリ/フィルハーモニア管の極めて危なっかしい解釈の演奏です(なお、シノーポリもマーラーの他の曲は私も全然ダメ)。マーラーその人の指揮は、絶対に気分に左右されやすいデフォルメを強調したものだったと思いますので、古典的、優等生的な美演は好みではありません。有り得ない話ですがシノーポリがあの戦時中の雰囲気濃厚な日比谷公会堂でこの曲を演奏したら、聴衆は一生トラウマになるくらいの衝撃を受けたことでしょう。この曲はそういう曲だと思っています。
私は思うのです。人生最大の幸福な時期のマーラーは、厄払いの意味を込めてこの曲を書いたのではないかと。家族の平和を守るため、人身御供としてこの曲を神に捧げ、自分や家族の代わりにこの曲に一身に不幸を背負わせたのではないかと・・・。
投稿者: 雅之 | 2008年06月07日 18:58
日時: 2008年06月07日 18:58
4.[返信]
>雅之様
家族水入らずの中わざわざコメントをいただきありがとうございます。
雅之さんは相当のマーラー通ですね。恐れ入ります。
この前も講座のあとの買出しの途中で少しお話しましたが、僕は第6はマーラーのもっとも安定した傑作だと思います。しかし、残念ながら今やマーラーの交響曲をいろいろと聴き比べる気力がもてないのです(笑・・・大袈裟です)。ほぼ全てのディスクを所有されているとはびっくりです。マーラー第6に関しては雅之さんにいろいろと教えていただきたいです(演奏もされているくらいですから)。
ところで、第6は不吉な曲なんですか?
僕にはあまり「不吉」とは聴こえないのですが・・・。むしろマーラーの楽曲では珍しく「調和」感があって「幸せ感」すら感じるのですが。
投稿者: おかちゃん | 2008年06月07日 21:18
日時: 2008年06月07日 21:18
5.[返信]
>ところで、第6は不吉な曲なんですか?
僕にはあまり「不吉」とは聴こえないのですが・・・。むしろマーラーの楽曲では珍しく「調和」感があって「幸せ感」すら感じるのですが。
この曲に「調和」感、「幸せ感」を感じるとは、さすがおかちゃんです。
そうなんです、「悲劇」を描いているようで実は「幸せ感」を描いている・・・この騙し絵的な二面性の練り込み方が6番では非常にうまくいっており、それはショスタコにつながる要素だとも思っていおり、私がこの曲を好む理由のひとつでもあります。
なお、そういう二面性は7番でも強く感じますが、6番ほど愛着はありません。6番は、やはり自分で弾いた経験が大きいです。
投稿者: 雅之 | 2008年06月08日 08:20
日時: 2008年06月08日 08:20
6.[返信]
>雅之様
この前の講座でも少しお話しましたが、不完全さの受容が人間にとっての大テーマだと思うんです。どうしても人間はマイナス面を否定したがりますが、裏があっての表、闇があっての光なんですね。そこから「調和」が生まれるのではないかと。
当時のマーラーのもつ幸福感とその裏にある不安感がうまく混在し、期せずして「調和」が生まれたんでしょうかね。作曲者自身はどちらかというと自身や他者のマイナス面を受け入れることの出来なかった人間ですから、ある意味第6交響曲は奇跡です。人間関係の安定がもたらしたものだと思います。
投稿者: おかちゃん | 2008年06月08日 10:12
日時: 2008年06月08日 10:12