フルトヴェングラー、ドン
人は誰でも他人と比べて自分がどうだという物差しでモノを見る癖がある。「好き嫌い」、「能力の是非」、「明暗」、「陰陽」で「判断」してしまうのだ。
しかし、自然も人間も全てこの世に存在するものは表裏一体で、何が正しいとか何が間違っているとか、絶対的な「答え」など存在しないように思うのである。その意味では、身の周りに起こり、存在する全てに対して「感謝」し、「認める」ことができるようになるまで人は自分自身と闘い続けなければならないのだろう。「清濁あわせのむ」姿勢、「玉石混交」。「聖」も「俗」も含めて360度見渡せる余裕と「鳥の目」。
ベートーヴェン:交響曲第6番ヘ長調作品68「田園」
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
友人が急性虫垂炎で緊急入院したということで、お見舞いに行ってきた。まぁ、2、3日の入院で済むし、病気といっても要は「盲腸炎」、病気のうちには入らない。
人との出逢い、モノとの出逢い、コトとの出逢い。それは人間の幅を広げる大いなるチャンス。今日も素晴らしい「出逢い」を体験させていただいた。人々に「感謝」である。
金曜日に受けた
当たり前の話だが、人は「脳」で動いている。この世に生を享けてから、「脳」には環境や両親の教育、学校での出来事、体験などを通して様々な情報がインプットされる。プラスの要素もあればマイナスの要素もある。そして、後天的に作られた「脳」でもって人生を歩むのである。自分の「脳」に無意識であることはいかに恐ろしいことか。「自分を知る」ということは「自分の脳」を知るということ、すなわち、何が原因で今の自分自身になったのかを認知するということである。
「就職活動はショッピングである。もちろん企業から選んでもらえないとお話にならないのだが、会社を選べるあなた自身になろう」と学生に常々語りかけてきた。今から7、8年前の就職氷河期といわれた頃、学生は就職先の企業を探すのに一苦労した。以来、就職活動に向けての準備は絶対に必要だと口を酸っぱくして説いてきた。
思わぬ展開。たいしたことじゃないが、今日はいろんな人たちが電話をかけてきた。仕事につながりそうなので良い感じかな、と思っている。
「人の褌で相撲をとる」という言葉がある。どうしても「ずるい奴」、「姑息な奴」というマイナスのイメージがつきまとう。確かにリスクは軽減されるのかもしれない。安全に見えるのかもしれない。しかし、そんなのは一時のことである。よくよく熟考してみると世の中に「保障」というものは存在しない。あるとするなら「自分自身」の中にあるだけだ。だとするなら、他人に頼るのではなく自律的に生きることを選択すべきである。
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