トップページ > 2007年12月


トップページ > 2007年12月

※当サイトはリンクフリーです。尚、相互リンクをご希望の方は、お手数ですが岡本までご一報ください。
人気blogランキング:音楽(クラシック)に参加しました。 人気blogランキング

« 2007年11月 | メイン | 2008年01月 »

2007年12月 アーカイブ
2007年12月31日

大晦日の朝に

415DJM6KDVL._AA240_.jpg1年で最後の日というのは毎年感慨深いものがあるのだが、今年はより一層格別な想いが募る一日である。何かが終わり、そして「ニュートラル・ゾーン」に居た2007年。様々な決断を迫られた年。おそらく生涯でも忘れがたい1年になることは間違いない。
夕べは、久しぶりにふと思い出し、ショパンの「ノクターン(夜想曲)全集」を聴いた。深夜に微かな音量で聴くこの曲は、邦題の「夜を想う」という字の如く心に染み入り、365日の精神的・肉体的疲労を癒してくれる。取り出したのはずっしりと重く語りかけてくるルービンシュタイン盤。基本的にショパンといえばルービンシュタイン。僕の定番だ。

日本海側は大雪模様だという。太平洋側も場所によっては雪。東京の午前は鋭い陽光が窓辺に差し込み、強烈な光と共に熱を発している。とても雪が降っていることなど想像もできない異質なエネルギーを感じる。良い意味で・・・。
そして、
今日も午前中から「ノクターン全集」をおもむろに取り出す。今度のは軽く、そして洒脱な雰囲気を醸し出す、耳に優しい全集。

続きを読む "大晦日の朝に" »

2007年12月30日

星新一、そしてメンデルスゾーン

51RFMNHVlvL._AA240_.jpg晦日である。星新一が亡くなったのもちょうど10年前のこの日。最相葉月氏の「星新一~1001話をつくった人」を春先の発売と同時に読んだが、取材の行き届いたしっかりとしたドキュメンタリーに仕上げられており、星新一という作家がお坊ちゃん育ちであるにも関わらず様々な苦労を乗り越えながらあえて作家の道を選び、現在の名声を結果的に獲得したのだということがよくわかりとても面白かった。

星製薬の御曹司であった彼は、亡き父の後を継ぎ、社長に就任するも結局は会社を潰し、小説家の道を歩むことになる。
星曰く「憧れて小説家になったのではない。それ以外、道は残されていなかった」

小説家以外道は残されていなかったと彼は言うが、才能なくして「道」も何もない。いわゆるショートショートという独特の小説形態を発案したこと自体大変なことであるし、しかも2007年の今も星新一のショートショートはコンスタントに売れているというから、やはり不屈の努力を重ねながらも「天才性」は秘めていたのだと思う。

続きを読む "星新一、そしてメンデルスゾーン" »

2007年12月29日

「宇宿允人の世界」に想うこと

51GAMKRFVGL._AA240_.jpg東京芸術劇場大ホールで開催された「宇宿允人の世界」に2日間連続で通い、感じたことを今日は書く。両日とも盛況で、いわゆる宇宿信者でほぼ満員。1曲1曲終わるごとに「ブラヴォ」という声が聴かれたが、演奏の善し悪しは別にして、コンサートというよりは何かの儀式といったほうがいいように思われる節もあるにはある。ちょうど朝比奈隆が文化勲章を受章して以降、溢れんばかりの若者で満員になったコンサートホールの情景とちょっと似たような錯覚に陥る光景も見られた。ただし、芸風や格は明らかに朝比奈御大が上なのだが。

宇宿率いるフロイデ・フィルハーモニーのプレーヤーたちはとても一生懸命で甲斐甲斐しさが伝わってくる。僕は今年になって初めて彼のコンサートでベートーヴェンを聴き、びっくりし、のけ反り、それ以来毎回ホール通いをしているが、残念ながらオケの調子や聴衆のエネルギー等の影響も含めて出来不出来がとても激しい。このオーケストラは核になる演奏者(いわゆる本当の信者でしょう・・・)がいて、あとは毎回エキストラでまかなうという臨時編成の形態を常にとっていると聞く。どうやら宇宿さんの指導はリハーサル中怒声が飛んだり、時には指揮台を投げつけられたりなど、彼の音楽作りへの愛情ともいえるのだが、その裏返しの奇行がメンバーに受け入れ難いもので、プロの演奏家が敬遠したがるほど厳格なものらしい(厳格といえば聞こえはいいが、ほとんどいじめに近いものとも聞く(笑))。

続きを読む "「宇宿允人の世界」に想うこと" »

2007年12月28日

持つべきものは・・・

61Y38xI3B4L._AA240_.jpgとても感激している。
というのも今日、とある放送関係の企業に勤める友人からちょっと遅れた素敵なクリスマス・プレゼントが届いたからだ。
「朝比奈隆+NHK交響楽団Boxセット」
何とDVD6枚+未発表CD2枚で29,600円也という怒涛のコンサート映像集なのである(つい最近発売されたばかりでまだ買っていなかったもの)。DVDに関しては、ベートーヴェンの第9以外は全て生で聴いたものだし、テレビ放送された際に観ているので決して真新しさはないといえばないのだが、昨日も書いたようにそこはコレクターの性、どうしても欲しくなるのである。とにかく「特典映像」も収録されており見応え充分であることは間違いない。ゆっくり観よう。

持つべきものは「友」なり。

続きを読む "持つべきものは・・・" »

2007年12月27日

コンパクト・ディスク

brandenburg.jpgコンパクト・ディスク(CD)が発売されてちょうど25年が経過する。プレーヤーは愚か、ソフトそのものも高価(確か1枚4,200円とか、安くても3,500円ではなかったか)で、当時浪人中の身だった僕にとって高嶺の花だったことを昨日のように思い出す。初めて購入したCDはブルーノ・ワルター指揮するマーラーの「大地の歌」であったことは先日のブログで書いたとおりだ。2枚目はクレンペラー指揮するベートーヴェンの序曲集。その後は当時話題になった初めてCD化されたフルトヴェングラーの「バイロイトの第9」(今年の話題の一つとして、51年バイロイトの第9バイエルン放送蔵出しの音源が発売されたことである。つい先日僕も購入し聴いてみたが、従来のEMI盤と明らかに違う。)やシャルル・デュトワの指揮する「春の祭典」など少しずつ収集していくことになるのだが、コレクションも相当な数(数えていないので不明だが4~5,000枚はあるかもしれない)になり、今では時折購入はするものの、その数はピークのときに比べて随分減った。昔と違ってマイナー・レーベルが活況を呈する昨今はクラシック音楽だけに限っても毎月発売されるCDの数は尋常ではないし、興味のある音源は底なしにあるのだが、一つ一つを追えるわけでもなく、随分蒐集熱は冷めたように我ながら感じる。

続きを読む "コンパクト・ディスク" »

2007年12月26日

「幻想」と「真実」

417ZZZBT7ML._AA240_.jpg日本人にクリスチャンは少ない。しかし、クリスマスは異様に盛り上がる。東京の都心部ではどこもかしこもクリスマス・ケーキを買うのに長蛇の列ができる。世の中の子どもはクリスマス・プレゼントを期待してイブの夜は枕元に就く。まだサンタの存在を信じている幼い子どもを持つお父さんは、彼らが何を欲しがっているのかを事前にリサーチするのが大変らしい。そこには西欧のような宗教的な意味合いは完全になくなり、家族のほのぼのとした光景がみてとれるのだが、それも穿った考え方をすると、国民全員がマスコミや政府によって作られた幻想に踊らされているだけで、これで本当に平和なのだろうか、これで本当にいいのだろうか、などと首を傾げたくなることが多くなった。とはいえ、子どもの夢を潰そうと思っているわけじゃないし、結果それによって商売が繁盛し、国が潤い、皆が幸せな気分になれるなら問題は全くないのだけれど。

続きを読む "「幻想」と「真実」" »

2007年12月25日

クリスマス?!

230.jpg先日の「東京ハガキ祭」で知り合った方々から早速今日何通か複写ハガキをいただいた。直筆の心のこもったお手紙はとても嬉しいものである。あれ以来僕も1日何通か出逢った方に手紙を認めている。とにかく相手の顔を思いながら喜んでいただけるよう一生懸命書いている。

そういえば先日東松山のSさんのお宅に伺った際に、ちょうど30年前に朝比奈先生からいただいたというサイン色紙とツーショットの写真が部屋に飾ってあったのをみて、とても羨ましく思ったと同時に、かの御大も生前はとても筆まめでファンからもらった手紙やハガキには必ず返答を書いていたんだということを思い出した。そして、毎年この時期になると「朝比奈隆」の音楽を思い出してしまう。
もうすぐ6回目の命日が訪れる。

続きを読む "クリスマス?!" »

2007年12月24日

「愛」の音楽

41Z81NW1MNL._AA240_.jpg代官山ヒルサイドプラザホールにて開催された「ロンドンより愛の挨拶:小林美緒&加納裕生野デュオ・コンサート」を聴いてきた。若干23、4歳という年齢ながら堂に入った演奏は見事なものだった。お二方ともロンドン在住のようだが、年に何度か凱旋帰国しソロ・リサイタルや室内楽演奏を披露していると聞く。

今日のプログラムはエルガーの生誕150年を記念して編まれたもので、メインに彼のヴァイオリン・ソナタを置き、前菜としてモーツァルトのイ長調ソナタK.526、ラヴェルのソナタ、そしてバルトークのラプソディ第1番というもの。か弱き二人の女性が奏でるとは思えないとても重みのある熱い音楽を聴かせていただけたことにまずは感謝しよう。僕は特に前半2曲目のラヴェルが気に入った。二人の呼吸がぴったりで楽器が完全に溶け合い、音の魔術師ラヴェルの醍醐味を完璧に再現した渾然一体とした名演奏で、時に演奏者の手を完全に離れて作品そのものが会場に息づいていた瞬間があった。テクニックも申し分ない。

続きを読む "「愛」の音楽" »

2007年12月23日

新しい風

410P1KKTRNL._AA240_.jpg新しい爽快な風が吹き込む。一方で古びた湿気たっぷりの風も通り過ぎる。中心に存在するものはどちらの影響も受ける。先にどちらの風を受けるのか?-そういう問題でもない。どちらの風力が強いのか?-またそういう問題でもなさそうだ。
風はどんな状態であっても風なのだ。自然は嘘をつかない。自然には意図も無い(多分)。ただそこに「ある」のである。

昨日の「第2回ハガキ祭り」にて、静岡のてづくり家具屋「鈴龍」のSさんお手製「一行詩の額」。

『すべては一人の思いから始まる』

何と当たり前で意味深い。そして何と温かい。

続きを読む "新しい風" »

2007年12月22日

洒落たBGM

417TXGVDYHL._AA240_.jpg午後からほぼ丸一日、「東京ハガキまつり」というイベントに参加させていただいた。何をするイベントなのか右も左もわからないまま14:00からの講演会、そして17:30からの懇親会、さらには2次会と梯子するにつれ、そこに集まっている方々の「温かさ」や自ずと湧き出ずる「優しさ」に触れ、あらためて人のつながりの大切さや人と人の出逢いの素晴らしさというものを実感させられた。ある人は毎日何通ものハガキを出逢った人に書くという。それも何年も続けているのだとか。今の世の中携帯電話や電子メールが当たり前の時代。そういう時代にこそ自筆の複写ハガキによる手紙はとても「人に優しい」のだろう。今日のイベントにも遠く広島や静岡からメンバーが集まり、参加者全てにとってとても有意義な会であったろうことは想像に難くない。手紙を受け取る人のことを想い、自分のことではなくどうすれば相手が喜んでくれるのかを念頭に置きながら一字一字魂を込め筆を執る作業。大変だがどうやら病みつきになりそうだ。

続きを読む "洒落たBGM" »

 1  |  2  |  3  |  4  | All pages

現在の日時

Now loading...

アレグロ・コン・ブリオ~「愛」+「勇気」=「ワンネス」:2007年12月アーカイブ
トップページ > 2007年12月

※当サイトはリンクフリーです。尚、相互リンクをご希望の方は、お手数ですが岡本までご一報ください。
人気blogランキング:音楽(クラシック)に参加しました。 人気blogランキング

« 2007年11月 | メイン | 2008年01月 »

2007年12月 アーカイブ
2007年12月31日

大晦日の朝に

415DJM6KDVL._AA240_.jpg1年で最後の日というのは毎年感慨深いものがあるのだが、今年はより一層格別な想いが募る一日である。何かが終わり、そして「ニュートラル・ゾーン」に居た2007年。様々な決断を迫られた年。おそらく生涯でも忘れがたい1年になることは間違いない。
夕べは、久しぶりにふと思い出し、ショパンの「ノクターン(夜想曲)全集」を聴いた。深夜に微かな音量で聴くこの曲は、邦題の「夜を想う」という字の如く心に染み入り、365日の精神的・肉体的疲労を癒してくれる。取り出したのはずっしりと重く語りかけてくるルービンシュタイン盤。基本的にショパンといえばルービンシュタイン。僕の定番だ。

日本海側は大雪模様だという。太平洋側も場所によっては雪。東京の午前は鋭い陽光が窓辺に差し込み、強烈な光と共に熱を発している。とても雪が降っていることなど想像もできない異質なエネルギーを感じる。良い意味で・・・。
そして、
今日も午前中から「ノクターン全集」をおもむろに取り出す。今度のは軽く、そして洒脱な雰囲気を醸し出す、耳に優しい全集。

続きを読む "大晦日の朝に" »

2007年12月30日

星新一、そしてメンデルスゾーン

51RFMNHVlvL._AA240_.jpg晦日である。星新一が亡くなったのもちょうど10年前のこの日。最相葉月氏の「星新一~1001話をつくった人」を春先の発売と同時に読んだが、取材の行き届いたしっかりとしたドキュメンタリーに仕上げられており、星新一という作家がお坊ちゃん育ちであるにも関わらず様々な苦労を乗り越えながらあえて作家の道を選び、現在の名声を結果的に獲得したのだということがよくわかりとても面白かった。

星製薬の御曹司であった彼は、亡き父の後を継ぎ、社長に就任するも結局は会社を潰し、小説家の道を歩むことになる。
星曰く「憧れて小説家になったのではない。それ以外、道は残されていなかった」

小説家以外道は残されていなかったと彼は言うが、才能なくして「道」も何もない。いわゆるショートショートという独特の小説形態を発案したこと自体大変なことであるし、しかも2007年の今も星新一のショートショートはコンスタントに売れているというから、やはり不屈の努力を重ねながらも「天才性」は秘めていたのだと思う。

続きを読む "星新一、そしてメンデルスゾーン" »

2007年12月29日

「宇宿允人の世界」に想うこと

51GAMKRFVGL._AA240_.jpg東京芸術劇場大ホールで開催された「宇宿允人の世界」に2日間連続で通い、感じたことを今日は書く。両日とも盛況で、いわゆる宇宿信者でほぼ満員。1曲1曲終わるごとに「ブラヴォ」という声が聴かれたが、演奏の善し悪しは別にして、コンサートというよりは何かの儀式といったほうがいいように思われる節もあるにはある。ちょうど朝比奈隆が文化勲章を受章して以降、溢れんばかりの若者で満員になったコンサートホールの情景とちょっと似たような錯覚に陥る光景も見られた。ただし、芸風や格は明らかに朝比奈御大が上なのだが。

宇宿率いるフロイデ・フィルハーモニーのプレーヤーたちはとても一生懸命で甲斐甲斐しさが伝わってくる。僕は今年になって初めて彼のコンサートでベートーヴェンを聴き、びっくりし、のけ反り、それ以来毎回ホール通いをしているが、残念ながらオケの調子や聴衆のエネルギー等の影響も含めて出来不出来がとても激しい。このオーケストラは核になる演奏者(いわゆる本当の信者でしょう・・・)がいて、あとは毎回エキストラでまかなうという臨時編成の形態を常にとっていると聞く。どうやら宇宿さんの指導はリハーサル中怒声が飛んだり、時には指揮台を投げつけられたりなど、彼の音楽作りへの愛情ともいえるのだが、その裏返しの奇行がメンバーに受け入れ難いもので、プロの演奏家が敬遠したがるほど厳格なものらしい(厳格といえば聞こえはいいが、ほとんどいじめに近いものとも聞く(笑))。

続きを読む "「宇宿允人の世界」に想うこと" »

2007年12月28日

持つべきものは・・・

61Y38xI3B4L._AA240_.jpgとても感激している。
というのも今日、とある放送関係の企業に勤める友人からちょっと遅れた素敵なクリスマス・プレゼントが届いたからだ。
「朝比奈隆+NHK交響楽団Boxセット」
何とDVD6枚+未発表CD2枚で29,600円也という怒涛のコンサート映像集なのである(つい最近発売されたばかりでまだ買っていなかったもの)。DVDに関しては、ベートーヴェンの第9以外は全て生で聴いたものだし、テレビ放送された際に観ているので決して真新しさはないといえばないのだが、昨日も書いたようにそこはコレクターの性、どうしても欲しくなるのである。とにかく「特典映像」も収録されており見応え充分であることは間違いない。ゆっくり観よう。

持つべきものは「友」なり。

続きを読む "持つべきものは・・・" »

2007年12月27日

コンパクト・ディスク

brandenburg.jpgコンパクト・ディスク(CD)が発売されてちょうど25年が経過する。プレーヤーは愚か、ソフトそのものも高価(確か1枚4,200円とか、安くても3,500円ではなかったか)で、当時浪人中の身だった僕にとって高嶺の花だったことを昨日のように思い出す。初めて購入したCDはブルーノ・ワルター指揮するマーラーの「大地の歌」であったことは先日のブログで書いたとおりだ。2枚目はクレンペラー指揮するベートーヴェンの序曲集。その後は当時話題になった初めてCD化されたフルトヴェングラーの「バイロイトの第9」(今年の話題の一つとして、51年バイロイトの第9バイエルン放送蔵出しの音源が発売されたことである。つい先日僕も購入し聴いてみたが、従来のEMI盤と明らかに違う。)やシャルル・デュトワの指揮する「春の祭典」など少しずつ収集していくことになるのだが、コレクションも相当な数(数えていないので不明だが4~5,000枚はあるかもしれない)になり、今では時折購入はするものの、その数はピークのときに比べて随分減った。昔と違ってマイナー・レーベルが活況を呈する昨今はクラシック音楽だけに限っても毎月発売されるCDの数は尋常ではないし、興味のある音源は底なしにあるのだが、一つ一つを追えるわけでもなく、随分蒐集熱は冷めたように我ながら感じる。

続きを読む "コンパクト・ディスク" »

2007年12月26日

「幻想」と「真実」

417ZZZBT7ML._AA240_.jpg日本人にクリスチャンは少ない。しかし、クリスマスは異様に盛り上がる。東京の都心部ではどこもかしこもクリスマス・ケーキを買うのに長蛇の列ができる。世の中の子どもはクリスマス・プレゼントを期待してイブの夜は枕元に就く。まだサンタの存在を信じている幼い子どもを持つお父さんは、彼らが何を欲しがっているのかを事前にリサーチするのが大変らしい。そこには西欧のような宗教的な意味合いは完全になくなり、家族のほのぼのとした光景がみてとれるのだが、それも穿った考え方をすると、国民全員がマスコミや政府によって作られた幻想に踊らされているだけで、これで本当に平和なのだろうか、これで本当にいいのだろうか、などと首を傾げたくなることが多くなった。とはいえ、子どもの夢を潰そうと思っているわけじゃないし、結果それによって商売が繁盛し、国が潤い、皆が幸せな気分になれるなら問題は全くないのだけれど。

続きを読む "「幻想」と「真実」" »

2007年12月25日

クリスマス?!

230.jpg先日の「東京ハガキ祭」で知り合った方々から早速今日何通か複写ハガキをいただいた。直筆の心のこもったお手紙はとても嬉しいものである。あれ以来僕も1日何通か出逢った方に手紙を認めている。とにかく相手の顔を思いながら喜んでいただけるよう一生懸命書いている。

そういえば先日東松山のSさんのお宅に伺った際に、ちょうど30年前に朝比奈先生からいただいたというサイン色紙とツーショットの写真が部屋に飾ってあったのをみて、とても羨ましく思ったと同時に、かの御大も生前はとても筆まめでファンからもらった手紙やハガキには必ず返答を書いていたんだということを思い出した。そして、毎年この時期になると「朝比奈隆」の音楽を思い出してしまう。
もうすぐ6回目の命日が訪れる。

続きを読む "クリスマス?!" »

2007年12月24日

「愛」の音楽

41Z81NW1MNL._AA240_.jpg代官山ヒルサイドプラザホールにて開催された「ロンドンより愛の挨拶:小林美緒&加納裕生野デュオ・コンサート」を聴いてきた。若干23、4歳という年齢ながら堂に入った演奏は見事なものだった。お二方ともロンドン在住のようだが、年に何度か凱旋帰国しソロ・リサイタルや室内楽演奏を披露していると聞く。

今日のプログラムはエルガーの生誕150年を記念して編まれたもので、メインに彼のヴァイオリン・ソナタを置き、前菜としてモーツァルトのイ長調ソナタK.526、ラヴェルのソナタ、そしてバルトークのラプソディ第1番というもの。か弱き二人の女性が奏でるとは思えないとても重みのある熱い音楽を聴かせていただけたことにまずは感謝しよう。僕は特に前半2曲目のラヴェルが気に入った。二人の呼吸がぴったりで楽器が完全に溶け合い、音の魔術師ラヴェルの醍醐味を完璧に再現した渾然一体とした名演奏で、時に演奏者の手を完全に離れて作品そのものが会場に息づいていた瞬間があった。テクニックも申し分ない。

続きを読む "「愛」の音楽" »

2007年12月23日

新しい風

410P1KKTRNL._AA240_.jpg新しい爽快な風が吹き込む。一方で古びた湿気たっぷりの風も通り過ぎる。中心に存在するものはどちらの影響も受ける。先にどちらの風を受けるのか?-そういう問題でもない。どちらの風力が強いのか?-またそういう問題でもなさそうだ。
風はどんな状態であっても風なのだ。自然は嘘をつかない。自然には意図も無い(多分)。ただそこに「ある」のである。

昨日の「第2回ハガキ祭り」にて、静岡のてづくり家具屋「鈴龍」のSさんお手製「一行詩の額」。

『すべては一人の思いから始まる』

何と当たり前で意味深い。そして何と温かい。

続きを読む "新しい風" »

2007年12月22日

洒落たBGM

417TXGVDYHL._AA240_.jpg午後からほぼ丸一日、「東京ハガキまつり」というイベントに参加させていただいた。何をするイベントなのか右も左もわからないまま14:00からの講演会、そして17:30からの懇親会、さらには2次会と梯子するにつれ、そこに集まっている方々の「温かさ」や自ずと湧き出ずる「優しさ」に触れ、あらためて人のつながりの大切さや人と人の出逢いの素晴らしさというものを実感させられた。ある人は毎日何通ものハガキを出逢った人に書くという。それも何年も続けているのだとか。今の世の中携帯電話や電子メールが当たり前の時代。そういう時代にこそ自筆の複写ハガキによる手紙はとても「人に優しい」のだろう。今日のイベントにも遠く広島や静岡からメンバーが集まり、参加者全てにとってとても有意義な会であったろうことは想像に難くない。手紙を受け取る人のことを想い、自分のことではなくどうすれば相手が喜んでくれるのかを念頭に置きながら一字一字魂を込め筆を執る作業。大変だがどうやら病みつきになりそうだ。

続きを読む "洒落たBGM" »

2007年12月21日

都会の喧騒

31hrKHLNu-L._AA192_.jpg半ば前後不覚になりながらも友人たちと飲みながら語り合うことはとても楽しい。今日は本当に酔った。とはいえ、そんなには呑んでいない。と思う・・・。

そういえば、こういう状態の時には古き良き時代のパリの喧騒がよく似合う気がする。20世紀初頭のアンニュイなキャバレー風の音楽。

ミヨー:バレエ音楽「世界の創造」作品81
シャルル・ミュンシュ指揮ボストン交響楽団

とても陽気だ。でも、その「陽気」な中に妙な「翳」がある。当時のパリは病んでいたのでは。ゆえにヒトラーにより占領された。ヒトラーは「世界の創造」を試みようとして失敗した。だから悪人になった。

続きを読む "都会の喧騒" »

2007年12月20日

革命

41ED4E97N7L._AA240_.jpg僕がショスタコーヴィチに出逢ったのは比較的遅かった。若い頃、どうしてもドイツ音楽絶対主義的な偏見があり、ロシア物を蔑視していた(というより軽くみていた)傾向があり、チャイコフスキーやラフマニノフなどをムード音楽的に捉えてしまっていた。確かに19世紀ロシア音楽には古き良きロマノフ王朝の甘美な得もいわれぬ陶酔感があったと思う。しかし、20世紀になり、ストラヴィンスキーやプロコフィエフなどモダニズムの申し子的な作曲家が現れるにつれ、ロシアはいわゆるヨーロッパに対するコンプレックスを翻すかの如く時代の先端を走る芸術を排出するようになった。そこへロシア革命である。宗教は否定された。つまり、芸術というものが否定されたのである。多少なりとも西洋史を勉強していたがゆえの狭い了見での軽蔑。我ながら浅薄であった。

齢30を越えた頃だろうか。ある日NHK教育テレビで幻のムラヴィンスキーの映像が初公開されたときの衝撃は並大抵ではなかった。フルトヴェングラーの音楽を初めて聴いたときもそうだったが、このビデオを観た時の感激は筆舌に尽くしがたい。シューベルトの未完成とショスタコーヴィチの「革命」というプログラム。しかも、1983年という晩年の指揮姿。まだ彼のLDやDVDが一般に流布していない頃だ。

続きを読む "革命" »

2007年12月19日

無境界

320.jpg「無境界」という本を読んでいる。いわゆるトランスパーソナル心理学の書。やっぱり僕がここのところ感じていることは正しいのだと再確認する。我々の世界は相対立するものの膨大な集合体だ、と。我々が抱えている問題の大半は境界とそれが生み出す対立の問題だ、と。そして、相対立するものを分離し、肯定的な一半を執着や追求の目的とするのは、進歩的な西洋文明を際立たせる特徴で、進歩とは結局、否定的なものから離れ、肯定的なものに向かって進歩することである、という。その意味では「人間」の創り上げた文明というのは矛盾だらけで刻一刻とバランスを欠いたものになる。それは明白だ。

どちらが正しいとか何が間違っているとか、そういう問題ではない。闇があり光を認識する。悪があるから善を認識できる。自分という存在があり自然を含めた他のものを認識できるのだ。全ては「一」に帰するということを今こそ気づかなければならない。こだわり、執着を捨てよう。

続きを読む "無境界" »

2007年12月18日

自由なれど孤独に

51UTXbxfT6L._AA240_.jpg頑固でしかめっ面というイメージのブラームス。若い頃、その音楽もジメジメしていて好きになれなかった。しかし、ある時、実は「愛」に溢れているんだと実感したとき、ブラームスに対する印象は一変した。弦楽六重奏曲第1番に触れたとき。クラリネット五重奏曲に触れたとき。彼の音楽は切ない。

人は寂しくなると頑なになる。ブラームスはとても孤独な幼年期を過ごしたようだ。家計を支えるため子供の頃から居酒屋でピアノ演奏のアルバイトをした。もともと音楽的才能に恵まれていたゆえ彼にとっては何でもないことだったろう。しかし、寂しさを癒すためにピアノや音楽に向かっていたとも解釈できる。

ブラームスのモットーは「自由なれど孤独に」。意味深い言葉だ。「自由」と「孤独」はある意味表裏一体。「自由」とは、人と人の壁、人と組織の壁を取っ払うということ。取っ払えてこそ「自由」を謳歌できる。そして、取っ払うということは「一つになる」ということでもあり、また「孤独になる」ということでもある。矛盾しているように思えるが、それは「真理」だと思う。人間の存在、地球の存在、宇宙の存在そのものが「孤独」というものなのかもしれない。もとは全て「一つ」。「一つ」ということは「孤独」ということ。禅問答のようだが、芸術とは「孤独」を表現し、「シンクロ」を表現するものだと思う。さしづめ、ブラームスの音楽はその両方を表現する孤高のアートである。

続きを読む "自由なれど孤独に" »

2007年12月17日

静寂

41Ntb8sbzrL._AA240_.jpgキーンと冷たい冬の空気の中を独り歩きながら「静寂」の音を聴きたくなった。都会の喧騒を離れて静かに佇みながら耳に入り込んでくる「空気」の音。「空」の音。「星」の音。そして「闇」の音。懐かしい。
僕は毎日何かしらの音楽を聴く。CDの場合もあり、生の楽器演奏という場合もある。ジャンルを問わず様々な土地の様々な時代の音楽はとても興味深い。底なし沼のように無限の世界である。
本当は電気を通さない生音が絶対に耳に心地よいはずだ。「癒し」や「愛」という観点から考えると「アコースティック」であることはとても重要な要素であると思う。しかし、20世紀のポピュラー音楽の歴史を振り返ってみると、電気、つまりエレキが革新を煽ってきた。アメリカで興ったロックンロールやエルヴィス・プレスリー。そして何と言ってもボブ・ディランは「Like a Rolling Stone」でフォーク・ミュージックの世界から一歩踏み出し、フォーク・ロックという新たな地平の扉を開いたのである。マイルス・デイヴィスも然り。「Bitches Brew」でモダン・ジャズの世界に初めて電気を持ち込んだ。賛否両論の渦が巻き起こった。往年のジャズ・ファンの耳にはとても奇異に聴こえたことだろう。しかし、今その音源を聴いてみるととても斬新だ。古びていない。かっこいい(今の世の音楽に電気は不可欠かもしれない。ただ、あまりにエレクトリック音ばかりを聴いていると耳が疲れることは間違いない)。

続きを読む "静寂" »

2007年12月16日

明るくいこう!

51NBWKCXVCL._AA240_.jpg今日は何人かの就活学生に向けワンポイント講座を開いた。概ねうまくいったと思うのだが、最初の1時間ほどはしゃべりすぎたかなと反省している。

これは今日の学生たちにも話したことなのだが、面接においての面接官とのやりとりも全く同じことで、質問をする相手の様子をじっくりみながら適確な応対をしなければうまくいかない。日常のコミュニケーションでもそうだ。親子関係や恋愛についても然り。今日のような講義も面接も要はコミュニケーションなのである。他者へのサービス。いかにわかりやすく簡潔に具体的に伝えるか。一方通行はNG。それがポイントなのである。

セミナーの進行についても、講義ばかりだと飽きるし、ましてやあまり難しい話をすると受講生はついてこれなくなる。一番いいのは「体験的」実習をうまく取り入れながら進めていくこと。ゆえに、実習をし、その流れでアドバイスをするようにすると途端に学生の顔つきが変わった。人間は正直である。

続きを読む "明るくいこう!" »

2007年12月15日

子供の頃

51mmmCehxiL._AA240_.jpg午後、グルックの歌劇「アウリスのイフィゲニア」を聴きながら明日の「就職講座」の準備をする。一通りの流れはほぼ決まっているということと、受講生の状態や様子を見ながら進行することになるのでそれほどきっちりと決め込む必要もないのだが。ところで、昨日のモンテヴェルディもそうだが、モーツァルト以前のオペラは何と言うか、幼少の頃を思い出させるような何か共通点があるように思う。気のせいかもしれないが。

夕方、恵比寿のガーデンプレイス・センター広場でishwish クリストファー・カレル&ベス・クイストのヒーリング・ミュージック・コンサート(コンサートとはいえ、野外での30分強のだしもの)があったので聴きにいく。ベス・クイストは何と4オクターヴの声域の持ち主。おそらくサンスクリット語だと思うのだが、お経をバックにしての歌唱や平和への祈りというタイトルの楽曲は刺激的なエネルギーを持った「癒し」の音楽。何ともいえない抹香臭さの漂う音楽なのだが、背筋をピシッと伸ばさせてくれる緊張感を持った楽曲。

続きを読む "子供の頃" »

2007年12月14日

振り返らずに前のめり

4183V40BBPL._AA240_.jpg進化が起こるとき、つまり新しい何かが起こるとき、必ずといっていいほど、目先の目標や物事で躓いてしまい、一瞬悲嘆に暮れたり、落ち込んだりするという経験は誰にでもあるだろう。しかし、大局的なものの見方を覚えると、それがマイナスに見えることであろうとプラスに見えることであろうと、「正しい方向」に進んでいるのだ、ということを忘れてはならない。ただし、目標に対してぶれないという条件付きなのだが。

今朝、起きて早々、言葉で表現不可能な違いを感じた。何だかエネルギーが濃くなっているような状態。

昼、神保町で先日講座で知り合ったYさんをDに紹介するアポイントが入っていた。結果は何だかちぐはぐだ。どういうことだろう?

続きを読む "振り返らずに前のめり" »

2007年12月13日

41FAXGK9SCL._AA240_.jpg今年の世相を表す漢字が発表された。「偽」である。
なるほど、ミートホープ事件、赤福事件、船場吉兆事件など「食」への信頼を揺るがせる「偽装」問題がいくつも発覚した。今の世の中は、一つ問題が起きると数珠連なりのように類似の問題が露呈される。おそらくこれらは氷山の一角なのだろう。そして何年かするとそんな事実が無かったかのように人々の記憶から風化する。人間の歴史というのは駆け引き、騙しあい、懐の探りあいのようなもの。今の資本主義社会においては、とにかく売上げが第一の指標で、倍々ゲームで会社を大きくしようとする流れがとにかく大問題なのだと思うのである。特に、「食」は「人」に「良」と書く。「食」に携わる方々にはお客様第一の「人に良い」真のサービスを第一のモットーとして努力していただかない限り、我々消費者は安心してモノを口に入れることすらできない。本当に困ったものである。

続きを読む "偽" »

2007年12月12日

中庸

41NTRBRMM7L._AA240_.jpg世の中「メガ」ブームである。マクドナルドが期間限定で販売した「メガマック」が火付け役。メガ牛丼、メガ・ハンバーグ、などなど類似の商品が続々開発され、いずれも人気を博しているという。そんな中、ウェンディーズも「スーパーメガウェンディーズ」と称するハンバーガーを発売した。おそらく一時的なブームだと思うのだが、それにしても「病んでいる」と僕は思う。とにかく異様だ。先日、吉野家のアルバイト店員が悪ふざけをして「テラ豚丼」と称する映像をネット上に載せたことが問題になった。僕などは生来大食いではないので、こういう度を越した行為はとても人間の「我欲」を象徴しているようで嫌悪感を感じてしまう。

孔子は「論語」の中で「中庸の徳たるや、それ至れるかな」と「中庸」の徳について説いた。過不足なく偏りのない、ということ。すなわち、「腹八分目、過ぎたるは及ばざるが如し」なのである。
とはいえ、孔子の説はあくまで理想論。身体をもつ人間である以上「我」や「欲」は全面否定できない。人間だから本能的な欲望は当然あって然るべきものだし、持ってなければ生きていけない。「無欲」というそんな神仏のような行動はそう簡単にとれるものではない。だから全体のバランスを常に意識することが重要だと僕は思うのである。昨日も書いたが「自然」と調和すること。「無理」をしないこと。

続きを読む "中庸" »

2007年12月11日

音霊

C0976790.JPG音楽療法の父といわれるカンザス大学のT.ガストン教授は、「音楽がこんなに楽々と人の心に通うことを可能とさせていることが、言葉でもできるなら、音楽はなかったし、また音楽を生むニードもなかったであろう」と音楽のエッセンスについて述べている。
「モーツァルトで癒す~音と音楽による驚くべき療法のすべて」(ドン・キャンベル著)

確かに言葉には壁があるが、音楽には壁はない。僕が随分前から考え感じていたこと、そして力説していたことと同じである。特に、モーツァルトの音楽には秘密があるようである。

「早わかり古典音楽講座」にもよく参加してくれる友人が「自然の美」をテーマにしたホームページを開設した。題して「宙(Sola)」(http://solatoy.jp/)。このサイトを見て純粋に感じたのだが、とてもいい。何だかヒーリング的なリラックス感を感じさせてくれる。それに「宙(Sola)」というタイトルが良い。「自然の美」をテーマにしているところもなお良い。音楽も「自然の美」と一致したときに普遍性を発揮する。いや、というより自然と一体化して湧き出ずる音楽は普遍的なのである。例えばバッハの音楽。そしてモーツァルトの音楽。

続きを読む "音霊" »

2007年12月10日

自由と自己責任

418FYQJZVYL._AA240_.jpg朝からとある研修ルームに缶詰状態。企業研修のシミュレーション。そこそこのキャリアを持つ6名のコーチや講師が一同に会し、いくつか定められたプログラムをこなしていく。さすがに誰しも人前で話すことは慣れているらしく、各々長所短所ありながらも淡々とことを問題なく進めていく。

新入社員研修がテーマ。何だか本質的なところに触れるのではなく、決められたことを決められたようにいかに回していくかが最大のポイントである。ルーティンといえばルーティンだし、講師の個性や人間性が自ずと問われるといえば問われる。ある意味場数をこなすことが重要な要素のようにも思える。いずれにせよ、可もなく不可もなく、危ない橋を渡らず「うまく」進めていくことを要求される。

続きを読む "自由と自己責任" »

2007年12月09日

ジョン・レノン

61RKqLx%2BOLL._AA240_.jpg12月8日は忘れもしないジョン・レノンが凶弾に斃れた日。あれから27年が経過する。最近は滅多に聴くことはなくなったが、ジョンの歌声を聴くと何だかとても悲しくなる。一般的には、暗殺後、平和を愛するロック・アーティストとして偶像化されてしまった感が否めないが、あくまでそれはジョン・レノンという人間の一面に過ぎない。
幼い頃に父親が家出をし、交通事故で母親まで亡くした彼にとって、その精神的ダメージは相当なようで、感情の起伏はとても激しく、時にはアルコールにはまり、時にはドラッグにはまり、そして女性関係でも様々なトラブルを起こしたようだ(そういえばベートーヴェンも幼い頃から父親の虐待を受け、彼の創作力の源泉は過去のそういう「苦悩」から生じているといわれている。人間のクリエイティヴィティというのはやはり「負(マイナス)」の体験から湧き出ずるものなのかもしれない)。

続きを読む "ジョン・レノン" »

2007年12月08日

涙の悲愴交響曲

41YZW6WHHZL._AA240_.jpg数ヶ月前に知り合ったSさんの東松山にあるご自宅を訪問した。Sさんはさすがに年の功だけあり(僕より20年以上も先輩であり、66年のカラヤン&ベルリン・フィルの初来日公演も聴かれているということ。羨ましいかな同時期に騒がれたビートルズの来日に関してもよく覚えているということである)、クラシック音楽に対する造詣は深く、レコードや音楽、そしてかつて名を馳せたマエストロ達への愛情に関しても僕など及びもつかない地点に立っていらっしゃる。初めてお会いしたときからブルックナーのことやオペラのことで大いに盛り上がったこともあり、一度お伺いしたいと常々思っていたのだった。片道1時間あまりの道のり。閑静な住宅街で空気も澄んで、とても気持ちが良い。

ご自宅のリスニングルームは天井も高く、オーディオ装置もアキュフェーズのアンプにタンノイのスピーカーと音楽を嗜む者にとって憧れの機械が並ぶ。それと所有していらっしゃるソフト(SP、LPからCD、LD、エアチェックのカセットテープなどレコードの歴史を垣間見るよう)もフルトヴェングラー「バイロイトの第9」の初期盤やクナッパーツブッシュのワーグナー管弦楽曲集(ウェストミンスター)の初期盤などとにかくお宝レコードが目白押し。羨ましい限りです。

続きを読む "涙の悲愴交響曲" »

2007年12月07日

孤独

410FAYY2SJL._AA240_.jpgパーティーなどに参加してみてつくづく感じるのだが、人間というのはやっぱり「寂しい」ものなんだと。200名近くの見知らぬ人たちが集まり、名刺交換をする。どういう因果があるのかわからないが、ビールを傾けながらとにかく目の前に現れる人と話をする。音楽談義で盛り上がる場合もある。仕事の話で接点が見つかる場合もある。それはそれで楽しく意義あることである。
しかし、「寂しさ」を紛らわそうと見知らぬ大勢の人間に会えば会うほど、実は「孤独」に一歩ずつ近づく。だから、そんなに大勢じゃなくていい。「親和」のコミュニケーションができる友人や恋人が数人いればそれで人生バラ色なのだ。

ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第16番ヘ長調作品135
アルバン・ベルク四重奏団

続きを読む "孤独" »

2007年12月06日

41EP4FRGW4L._AA240_.jpg自分のやりたいことがよくわからないという学生がいる。社会人になってもひょっとすると80%のサラリーマンは同じようなのかもしれない。明確に人生のビジョンを持ち、具体的に行動する人間は成功するといわれている。確かに「思考」は「波動」だから「欲望」は現実化していくのだろうし、ビジネスや大きく「人生」という観点から考えたらそれは真実だと思う。

でも、逆の方向から見てみたらどうなのだろうか?3次元的な思考をすると、どうしても「お金」や「名誉」、「地位」という条件、問題が重要な要素になる。「あなたは欲がないね」とよく言われる。とはいえ、やっぱり現実的に生活をしていくとなると最低限のお金は必要だ。だから全くの「無欲」ということはありえない。生活をしていくことと自らの「生きる目的」を全うすることとの間にはとても大きな「乖離」がありそうだ(生活の術と人生の目的が完全に一致できている人は羨ましい)。

続きを読む "欲" »

2007年12月05日

学力

franck.jpg15歳の学力調査で日本人の「数学」や「科学」などの応用力が軒並み落ちているという。確かに子どもの数が減るにつれ、大学や高校の入学試験の難易度そのものが低くなっているのだろうし、ちょっと前の「ゆとり教育」といわれるものの影響、そして実質的な勉強時間が減ったことで、子どもたちの学力が単純に落ち込んでいるのだろうということは推測できる。
しかし、15歳の時点の学力というのは人生を左右するほど大きな問題なのだろうか?
僕自身高校入試や大学入試を体験し、その当時の勉強の仕方を振り返ってみても、今になって残る知識はほとんどないのは明らかだし、受験のために詰め込むだけの勉強は全く意味がないということは大人であれば誰もがわかっているはずなのに。

30歳を越えた頃、いわゆる古典文学や哲学書、科学書などに触れる機会が増え、勉強するということに対してとても前向きに捉えられるようになった。何だか出逢う思想や言葉一つ一つが身に染み、現実の仕事や恋愛や人間関係に直結するヒントを与えてもらえる喜びを直に感じられる、そういう楽しみを見出したのだろう。それは40歳を越えてますます強くなった。よく考えれば当然のことで、ある程度の社会経験を積まない限り、書いてある事実を含め、作家の真意などを理解することは到底不可能だからだ。そう考えると18歳頃の勉強なんていうのは「強制」以外の何ものでもなく(自らが自らに課したという意味で)、学力調査で応用力が続落したといってもそんなに嘆くことではないのではないかと思えるのである。

続きを読む "学力" »

2007年12月04日

調和って?

666.jpgアマゾンや北米などでしか生息しないはずの外来魚が多摩川で相次いで見つかっているらしい。観賞用の魚をもてあまして捨てる人が増えているためだ。せっかく浄化が進み、鮎が戻ってきた川の生態系を壊すのではないかと漁に携わる人々が危機感を強めている。

下水道の整備などはもちろんのこと、人間が環境というものを意識し始め、使用する洗剤を選ぶなどの努力をした結果「清流」が回復し出した矢先のできごと。自然や環境については少しずつではあるが、人間が意識しだしたことは確かに好ましい。地球を大事にせねば、という「愛」が少しずつ浸透しているのだろう。

でも、よくよく考えると我々人間が住むこの世界も何だか同様な状況になってしまっているのではないか。日本は戦後アメリカの庇護の下に「高度経済成長」を遂げてきたことは周知の事実だ。そして、1985年の「プラザ合意」以降急速にアメリカのコントロール化に置かれ、さらには「バブル崩壊」を経て、今やM&Aなどという大義名分の下、多くの日本企業が外資に乗っ取られ、結果的に日本の経済や政治を動かしているのはいわばアメリカという外来魚にとって代わられたように見えてしまうのである。

続きを読む "調和って?" »

2007年12月03日

こころを開いて

41ZJK61P2ML._AA240_.jpg祭りの後の何とやら、と諺ではいうが、何だか今日は「こころ」がわさわさし、落ち着かない。別に落ち込んでいるわけでもない。嫌なことがあったわけでもない。

昼は西新宿で友人と今月実施する講座のミーティングをし、そのあと音楽関係の仕事を請け負っている関係で代々木八幡まで足を伸ばし、打ち合わせをした。

寂しいはずはないのだが、何とも表現できない感覚が去来するような不思議な感覚が身体を襲う。昨日の講座の報告を書いていて、あらためて僕自身のテーマが「愛」や「勇気」、そして「シンクロ(一体化)」であることに気づいた。とてもおこがましい言い方なんだけど。ベートーヴェンの第9について講義をしながら、人って誰しも「愛されたい」と願っているし、「人を愛したい」とも想っている。そして「一つ」になりたがっているんだ、ということを強く感じたのだ。終了後、聴いていて涙が出てきたっていう人もいた。「人類皆兄弟、みなが平和でありますように」という「祈り」の音楽をそこにいた皆とまさに共有した。そういう「お祭り」の後だから、余計に「孤独」を感じてしまうのかもしれない。

続きを読む "こころを開いて" »

2007年12月02日

お祭り

51j-Xd8bMVL._AA240_.jpg今日は毎月恒例の「早わかり古典音楽講座」の日。気がつけば10回目を迎える。12名もの人たちにご参加いただき、大いに盛り上がった。詳しいご報告は後日に委ねることとする。

テーマはベートーヴェンの第9交響曲。初心者には多少ハードルが高いかなと思いつつも、例のフルトヴェングラーのバイロイト盤を軸にして講座を進めた。しかし、流石に天下の名盤。音の悪さを乗り越えて参加していただいた皆様にとても感動してもらえたことがとにかく嬉しい。僕が常々人生のテーマにしている「愛」、「勇気」、「一体化」を表現している最美の音楽が第9であり、その音楽を繊細にして最も優美かつ厳粛に表現したのがかの録音なのである。そのあたりのことに関して勝手ながら熱弁を揮わせていただけたことに感謝である。

ところで、講座の後、鍋パーティーをやらないかとお誘いしたら、ノリのいい何名かが賛同してくれて、「豆乳鍋」を囲んだ。さらには、1989年にベルリンの壁の崩壊を記念してバーンスタインが指揮した第9の映像があるといったら、ぜひ観せてくれということになり、全曲は時間的に厳しかったので、第1楽章のさわりと、第3楽章からフィナーレを皆で固唾を飲みながら鑑賞してお開きになった。

続きを読む "お祭り" »

2007年12月01日

愛しの地球

164.jpg軸をぶらさず地に足をつけてしっかりと立っていれば、たとえどんな障害や横槍が入ろうとも物事はうまく進んでいく。これは人間誰もが生きていく上での絶対の法則みたいなものだろう。
昨日17年ぶりのメンバーたちと再会の祝杯を交わした(ただの「忘年会」なのだが)。あの頃僕はまだ26歳、彼らはみな20歳前後だった。そして、それぞれがそれぞれの道を歩み、大袈裟だが、各々が各々の夢に向かって真っ直ぐに進んでいっているということは確かだと感じた。サラリーマンという生き方もあり、ベンチャーを立ち上げ独立するという生き方もある。あるいはハスラーになったという生き方も良いではないか。いずれにせよ、間違いないのは、そうやって異業種の輩が集まっても、若き頃「一つ」になった経験、体感を共有しているというのはとても貴重だということ。そういう言葉を具体的に交わすわけじゃないが、みんな懐かしく忘れられないようである。

続きを読む "愛しの地球" »

現在の日時

Now loading...