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2008年01月 アーカイブ
2008年01月31日

日比谷公園の中心で愛を叫ぶ

7eaf31e29fa09408bc6a3110._AA240_.L.jpg「愛の論理」を久々に取り出して読む。10余年前にベストセラーとなった「生きがいの創造」の著者である飯田史彦氏の何冊目かの書籍である。人類史上において数多の著名人が「愛」について語ったり書いたりした言葉から「愛の論理」が考察されている。

現在のようなシステム(資本主義社会)のもとで、人を愛することのできる人は、当然、例外的な存在である。現在の西洋社会においては、愛は所詮二次的な現象である。それは、多くの職業が、人を愛する姿勢を許容しないからではなく、むしろ、生産を重視し、貪欲に消費しようとする精神が社会を支配しているために、非同調者だけがそれに対してうまく身を守ることができるからである。したがって、愛のことを真剣に考え、愛こそがいかに生きるべきかという問題に対する唯一の理にかなった答えである、と考えている人々は、次のような結論に行き着くはずだ。すなわち、愛が、極めて個人的で末梢的な現象ではなく、社会的な現象になるためには、現在の社会構造を根本から変えなければならない、と。
人を愛することができるためには、人間はその最高の位置に立たなければならない。人間が経済という機械に奉仕するのではなく、経済機械が人間に奉仕しなければならない。単に利益を分配するだけではなく、経験や仕事も分配できるようにしなければいけない。人を愛するという社会的な本性と、社会的生活とが、分離するのではなく、一体化するような、そんな社会を作り上げなければならない。
『愛するということ』(エーリッヒ・フロム著)

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2008年01月30日

愛の悦び

41Q5WK7YASL._AA240_.jpg週末に実施するセミナーについていろいろと模索、思案した。丸一日かけてやる実習のテーマは「愛」。それも「恋愛」ではなく普遍的「愛」について。以前トランスパーソナル心理学の「無境界」という書物について書いた。僕は20年近く「人間力向上」や「自己分析」のセミナーに携わってきて最終的に行き着いたところが、「人間は身体を持っているがゆえに自己と他者を分け隔て考えているが、実は自然を含め一つである、ひとつになりたがっている」という真理。
今日は、「愛」について思考を巡らしながら幾つかの書籍を読み、バグワン・シュリ・ラジニーシに辿り着いた。

その中の一節。

エゴが強ければ強いほど、その人が誰かと一体になることは難しくなる。間にエゴが入り込んでくる。「私」が自己を主張する。それは壁だ。それは、「あなたはあなたで私は私だ」と宣言する。そのため、最も親密な体験でさえ人を互いに近づけることはない。身体は近くにあるだろう。だが人は遠く離れている。この「私」が内側にある限り、この「他者」という感覚は避けられない。
私は私だから他人は他人だ。そして私が「私」である間は、まわりを取り巻く世界は他者だ。異なり、分かたれ、分離されている・・・。ひとつになることはない。
この分かたれているという感じがある限り、愛を知ることはできない。愛はひとつになるという体験だ。壁が取り壊されること、ふたつのエネルギーの融合、それが愛の体験だ。愛はふたりの人間の間の壁が消え去るときの、ふたつの生命が出逢うときの、二つの生命がひとつになるときの、最高の瞬間なのだ。

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2008年01月29日

人は独りではない!

glasunow.jpg昼、先日の「人間力向上セミナー」に参加したK君との個人セッション。いろいろと話を聞いてみると、家庭に問題があるわけではないのだが、人生で初めて両親と過去のことや生育歴について語ったという。セミナーのお陰で親ともゆっくりと話すことができたし、何より友人に指摘されても納得いかなかった自分自身の問題や性格を自ら認識することができ、とても良かったと彼は言ってくれた。いえいえ、本当は僕の方こそ勇気をもってご参加いただきありがとうと感謝をしたいくらいだ。

人は「環境」に敏感に左右される。一番身近で密接な環境といえば「家庭」である。もっと突き詰めると「両親」と言い切れるかもしれない。それほどに親からの影響は大きい。ちなみに、最近父がブログを始めたのでリンクしてあるのだが、遠く離れて普段会話することもないのに日記をお互いに毎日見ていると近くにいるような錯覚を覚えるから面白いものである。人間の関係は生のコミュニケーションが最も重要だが、今のようなネットの時代ではブログを通じての交流も乙なもので意外に楽しめるんだという発見があったことが収穫である。

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2008年01月28日

なぜか「海」・・・

scheherasade.jpgお台場のとある外資系資源会社の出入り口付近でSと待ち合わせしていて、突然「シェヘラザード」組曲の第1楽章の例の有名な激しい旋律「海の主題」が頭の中で鳴り出した。「アラビアン・ナイト」をモチーフにリムスキー=コルサコフが1888年に完成したエキゾチックな雰囲気を醸し出す名曲。第2楽章のカレンダー王の主題などはクラシック音楽をそれほど知らない人でもどこかで聴いたことのあるメロディだろう。
昨日の講座でとりあげたラフマニノフの師でもある彼は「共感覚(音を聴いて特定の色が見えるなど)」をもっていたといわれ、生み出す音楽の色彩感は半端じゃなくきれい。昨日「熊蜂の飛行」をピアノで演奏してもらったから突然閃いたのかとも思ったが、どうやらそんな感じではなさそう。何かヒントとか隠されているのかもしれない(大袈裟だが・・・)。

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2008年01月27日

ユニークであること

410D8F9HVZL._AA240_.jpg今日は第12回「早わかりクラシック音楽講座」の日。入れ替わり立ち代りいろんな方に興味を持っていただいて、あっという間に1年が過ぎたことがとても感慨深い。そして、今回も10名の方(しかも7名が初参加者!)にご参加いただき、喜んでいただけたことが素直にうれしい。正味3時間、ラフマニノフの名曲ピアノ協奏曲第2番ハ短調を僕なりの切口(人間力、生育歴、コミュニケーション、心理学など)で斬り、しかも2種類の違った演奏者による全曲CDを聴いていただいた。会の詳細は後日ホームページ上にUPする予定なのでそちらに譲るとして、例によって終了後「おでん」パーティーを開催した。
ビールや焼酎を片手におでん、ポテトサラダなどを突っつきながら、ラフマニノフの続きを語ったり、自分の趣味について語ったり、面白おかしく時間が過ぎてゆく。どうやら各々が各々のマニアックな趣味を持っているらしく、ある人は「ガンダム」について滔々と語り、ある人はムンクについて持論を一席ぶつ。最後は写真家のロバート・メープルソープに話が及び、表現するには「負の体験」が必要だとか、表現の手段を持たないのは厳しいことだとか、いや方法論はできる誰かに任せればいいのだとか、広い意味での芸術論になったところがこれまた楽しかった。偶然とはいえ、こうも志向が似ている人たちが集まると時空を超えるらしく、あっという間の5時間。宴の終了は23:30。大いに盛り上がりました。次回は2月24日(日)、お題はJ.S.バッハの予定。お楽しみに。

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2008年01月26日

ベニー・グッドマン

copland.jpg今宵、芝パークホテルのバー・フィフティーンで開催された「JAZZ四季会」に参加する。Liveは久しぶりのこと。確か最後は2001年の3月にN.Y.のVillage Vanguardで聴いたBranford Marsalis Quintetの白熱の舞台以来か。猛吹雪の中、何十人という行列のできたジャズのメッカでの鬼気迫る演奏であったことを昨日のことのように思い出す。
本日は、西川喬昭氏(ドラムス)をメインにしたSextettによるスウィング・ジャズのスタンダードを中心とした2時間半のセッション。正直、来る前はなめてかかっておりました(苦笑)。しかししかし、良かったです、とても・・・。
コンマスの鈴木直樹氏のクラリネットは絶品。言い過ぎ(笑)かもしれないが、かのベニー・グッドマンを髣髴とさせる。アンコール前に演奏された「Sing Sing Sing」は最高でした!
ベニー・グッドマンといえばジャズ畑にもかかわらず、バルトークから作品の献呈を受けたり、ヴァイオリニストのシゲティと協演したりなど、クラシック音楽とも密接なつながりを持ったことで有名。僕は、グッドマンというと次の曲を思い出す。とても美しい楽曲だ。

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2008年01月25日

美味い隠れ家的蕎麦処

41TXNT7J0FL._AA240_.jpg昼、同居人の弾くバルトークの「アレグロ・バルバロ」が今日も微かに響く。ピアニストの観点からいわせるとそれほど難しい楽曲ではないようだ。しかし、「音霊」はほとんど強烈なロック音楽に近い。突如気分がLed Zeppelinになり、おもむろに2ndアルバムを取り出し聴く。

"Thank You"

If the sun refused to shine
I would still be loving you
When mountains crumble to the sea
There will still be you and me
Kind of a woman, I give you my all
Kind of a woman, nothing more

太陽の輝きが失われても
貴方を愛している
山々が崩れ海に流れたとしても
貴方と私は大丈夫さ
優しい人よ、全てを捧げる
何よりも優しい人よ

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2008年01月24日

その名にちなんで

00028942017528_165x165.jpgミーラー・ナーイル監督作「その名にちなんで」を観る。ロシアの奇人作家ゴーゴリの「外套」をモチーフにした家族、親子の愛がテーマの映画。ちなみに「外套」は、「貧しい小官吏の男が奮発して注文した外套。仕立て上がるのを待つ間にその外套は小官吏の美しい夢になるが、初めて袖を通した晩、外套を盗まれてしまう」という物語である。
子どもの幸せを願う親の「愛」、そして親の幸せを願うようになっていく子どもの「愛」。「愛」とはお互いに築きあうものであり、その最小の単位が「家族」であり「親子」なのである。身に染みる。

映画を観る直前、日比谷でDとバランスについて語る。独身者はある意味「Meism」である。人生にとって「愛」というバランスを保つためには環境を「Me」ではなく「Us」にせねばならない。いや、というよりそうした方が良い。その話と完全にシンクロするものだから不思議であり、また面白い。そんなことは随分前から親に口酸っぱく言われていた。これまではよくわからなかった。しかし、最近は確かにその通りだと思う。

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2008年01月23日

書は人なり

41NBY0KD4PL._AA240_.jpg友人の紹介で「素歩偉相会(ソフィア会)~第8回異業種交流会」に参加した。講演のテーマは根本寛氏による「筆跡心理学をビジネスに生かす~文字から自分や相手の性格がこわいほど分かる!~」というもの。ざっくりと1時間ほどのお話だった故、おそらく「さわり」の部分だろうがとても興味深く聞かせていただいた。

「書は人なり」と言われるとおり文字にはその人の性格が如実に表れるということだ。
1.生真面目型か融通型か、2.リーダー気質か協調型か、3.包容力があるかないか、4.粘り強いタイプか軽快型か、などなど本当に書く字によって基本的な性質が垣間見えるのでとても面白かった。筆跡鑑定によると、僕の性格は「融通型」、「協調型」、「粘り強い」、「入れ込み型」、「執着型」、「コツコツ型」ということである。あくまで統計学だが概して当たっているところが妙。「人間力向上セミナー」に応用できるかもしれない。

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2008年01月22日

失敗作という名の傑作

rachmaninov_detoit_no1.jpg今日は一日、週末のクラシック音楽講座の資料作りのためラフマニノフ漬け。第2協奏曲創作の遠因となった偉大なる失敗作(?)である交響曲第1番を皮切りに、モスクワ音楽院在籍中に産み出した傑作「前奏曲嬰ハ短調作品3-2」、そして課題曲「ピアノ協奏曲第2番」の様々な音盤をスコア片手に聴き通す。
ラフマニノフは19世紀末から20世紀にかけての作曲家にもかかわらず、その作風は極めて浪漫的で、何かと「前時代的」というレッテルを貼られ、決して玄人好みでない(?)作品を数多く残したことで有名である。しかしながら、彼の伝記を幾つか読んだり、冷静に楽曲を分析しながら聴き進めていくと、実は「革新性」豊かな音楽を書いていることがよくわかってとても面白い。

特に、1897年に創作された第1交響曲の初演失敗(当時の大衆にはわかりづらい晦渋な音楽である)により神経衰弱に陥り、以降しばらくノイローゼで全く創作活動をストップした後、ニコライ・ダーリ博士の催眠療法で自信を回復し、かのピアノ協奏曲第2番が生まれたわけだが、あらためて件の交響曲を聴いてみると、それほど失敗作とは思えないし、むしろラフマニノフの全作品の中でも斬新で実は出色の出来なのではないかと思わせるところがこれまた不思議でもあり、面白くもある。

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アレグロ・コン・ブリオ~「愛」+「勇気」=「ワンネス」:2008年01月アーカイブ
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2008年01月31日

日比谷公園の中心で愛を叫ぶ

7eaf31e29fa09408bc6a3110._AA240_.L.jpg「愛の論理」を久々に取り出して読む。10余年前にベストセラーとなった「生きがいの創造」の著者である飯田史彦氏の何冊目かの書籍である。人類史上において数多の著名人が「愛」について語ったり書いたりした言葉から「愛の論理」が考察されている。

現在のようなシステム(資本主義社会)のもとで、人を愛することのできる人は、当然、例外的な存在である。現在の西洋社会においては、愛は所詮二次的な現象である。それは、多くの職業が、人を愛する姿勢を許容しないからではなく、むしろ、生産を重視し、貪欲に消費しようとする精神が社会を支配しているために、非同調者だけがそれに対してうまく身を守ることができるからである。したがって、愛のことを真剣に考え、愛こそがいかに生きるべきかという問題に対する唯一の理にかなった答えである、と考えている人々は、次のような結論に行き着くはずだ。すなわち、愛が、極めて個人的で末梢的な現象ではなく、社会的な現象になるためには、現在の社会構造を根本から変えなければならない、と。
人を愛することができるためには、人間はその最高の位置に立たなければならない。人間が経済という機械に奉仕するのではなく、経済機械が人間に奉仕しなければならない。単に利益を分配するだけではなく、経験や仕事も分配できるようにしなければいけない。人を愛するという社会的な本性と、社会的生活とが、分離するのではなく、一体化するような、そんな社会を作り上げなければならない。
『愛するということ』(エーリッヒ・フロム著)

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2008年01月30日

愛の悦び

41Q5WK7YASL._AA240_.jpg週末に実施するセミナーについていろいろと模索、思案した。丸一日かけてやる実習のテーマは「愛」。それも「恋愛」ではなく普遍的「愛」について。以前トランスパーソナル心理学の「無境界」という書物について書いた。僕は20年近く「人間力向上」や「自己分析」のセミナーに携わってきて最終的に行き着いたところが、「人間は身体を持っているがゆえに自己と他者を分け隔て考えているが、実は自然を含め一つである、ひとつになりたがっている」という真理。
今日は、「愛」について思考を巡らしながら幾つかの書籍を読み、バグワン・シュリ・ラジニーシに辿り着いた。

その中の一節。

エゴが強ければ強いほど、その人が誰かと一体になることは難しくなる。間にエゴが入り込んでくる。「私」が自己を主張する。それは壁だ。それは、「あなたはあなたで私は私だ」と宣言する。そのため、最も親密な体験でさえ人を互いに近づけることはない。身体は近くにあるだろう。だが人は遠く離れている。この「私」が内側にある限り、この「他者」という感覚は避けられない。
私は私だから他人は他人だ。そして私が「私」である間は、まわりを取り巻く世界は他者だ。異なり、分かたれ、分離されている・・・。ひとつになることはない。
この分かたれているという感じがある限り、愛を知ることはできない。愛はひとつになるという体験だ。壁が取り壊されること、ふたつのエネルギーの融合、それが愛の体験だ。愛はふたりの人間の間の壁が消え去るときの、ふたつの生命が出逢うときの、二つの生命がひとつになるときの、最高の瞬間なのだ。

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人は独りではない!

glasunow.jpg昼、先日の「人間力向上セミナー」に参加したK君との個人セッション。いろいろと話を聞いてみると、家庭に問題があるわけではないのだが、人生で初めて両親と過去のことや生育歴について語ったという。セミナーのお陰で親ともゆっくりと話すことができたし、何より友人に指摘されても納得いかなかった自分自身の問題や性格を自ら認識することができ、とても良かったと彼は言ってくれた。いえいえ、本当は僕の方こそ勇気をもってご参加いただきありがとうと感謝をしたいくらいだ。

人は「環境」に敏感に左右される。一番身近で密接な環境といえば「家庭」である。もっと突き詰めると「両親」と言い切れるかもしれない。それほどに親からの影響は大きい。ちなみに、最近父がブログを始めたのでリンクしてあるのだが、遠く離れて普段会話することもないのに日記をお互いに毎日見ていると近くにいるような錯覚を覚えるから面白いものである。人間の関係は生のコミュニケーションが最も重要だが、今のようなネットの時代ではブログを通じての交流も乙なもので意外に楽しめるんだという発見があったことが収穫である。

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なぜか「海」・・・

scheherasade.jpgお台場のとある外資系資源会社の出入り口付近でSと待ち合わせしていて、突然「シェヘラザード」組曲の第1楽章の例の有名な激しい旋律「海の主題」が頭の中で鳴り出した。「アラビアン・ナイト」をモチーフにリムスキー=コルサコフが1888年に完成したエキゾチックな雰囲気を醸し出す名曲。第2楽章のカレンダー王の主題などはクラシック音楽をそれほど知らない人でもどこかで聴いたことのあるメロディだろう。
昨日の講座でとりあげたラフマニノフの師でもある彼は「共感覚(音を聴いて特定の色が見えるなど)」をもっていたといわれ、生み出す音楽の色彩感は半端じゃなくきれい。昨日「熊蜂の飛行」をピアノで演奏してもらったから突然閃いたのかとも思ったが、どうやらそんな感じではなさそう。何かヒントとか隠されているのかもしれない(大袈裟だが・・・)。

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ユニークであること

410D8F9HVZL._AA240_.jpg今日は第12回「早わかりクラシック音楽講座」の日。入れ替わり立ち代りいろんな方に興味を持っていただいて、あっという間に1年が過ぎたことがとても感慨深い。そして、今回も10名の方(しかも7名が初参加者!)にご参加いただき、喜んでいただけたことが素直にうれしい。正味3時間、ラフマニノフの名曲ピアノ協奏曲第2番ハ短調を僕なりの切口(人間力、生育歴、コミュニケーション、心理学など)で斬り、しかも2種類の違った演奏者による全曲CDを聴いていただいた。会の詳細は後日ホームページ上にUPする予定なのでそちらに譲るとして、例によって終了後「おでん」パーティーを開催した。
ビールや焼酎を片手におでん、ポテトサラダなどを突っつきながら、ラフマニノフの続きを語ったり、自分の趣味について語ったり、面白おかしく時間が過ぎてゆく。どうやら各々が各々のマニアックな趣味を持っているらしく、ある人は「ガンダム」について滔々と語り、ある人はムンクについて持論を一席ぶつ。最後は写真家のロバート・メープルソープに話が及び、表現するには「負の体験」が必要だとか、表現の手段を持たないのは厳しいことだとか、いや方法論はできる誰かに任せればいいのだとか、広い意味での芸術論になったところがこれまた楽しかった。偶然とはいえ、こうも志向が似ている人たちが集まると時空を超えるらしく、あっという間の5時間。宴の終了は23:30。大いに盛り上がりました。次回は2月24日(日)、お題はJ.S.バッハの予定。お楽しみに。

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ベニー・グッドマン

copland.jpg今宵、芝パークホテルのバー・フィフティーンで開催された「JAZZ四季会」に参加する。Liveは久しぶりのこと。確か最後は2001年の3月にN.Y.のVillage Vanguardで聴いたBranford Marsalis Quintetの白熱の舞台以来か。猛吹雪の中、何十人という行列のできたジャズのメッカでの鬼気迫る演奏であったことを昨日のことのように思い出す。
本日は、西川喬昭氏(ドラムス)をメインにしたSextettによるスウィング・ジャズのスタンダードを中心とした2時間半のセッション。正直、来る前はなめてかかっておりました(苦笑)。しかししかし、良かったです、とても・・・。
コンマスの鈴木直樹氏のクラリネットは絶品。言い過ぎ(笑)かもしれないが、かのベニー・グッドマンを髣髴とさせる。アンコール前に演奏された「Sing Sing Sing」は最高でした!
ベニー・グッドマンといえばジャズ畑にもかかわらず、バルトークから作品の献呈を受けたり、ヴァイオリニストのシゲティと協演したりなど、クラシック音楽とも密接なつながりを持ったことで有名。僕は、グッドマンというと次の曲を思い出す。とても美しい楽曲だ。

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美味い隠れ家的蕎麦処

41TXNT7J0FL._AA240_.jpg昼、同居人の弾くバルトークの「アレグロ・バルバロ」が今日も微かに響く。ピアニストの観点からいわせるとそれほど難しい楽曲ではないようだ。しかし、「音霊」はほとんど強烈なロック音楽に近い。突如気分がLed Zeppelinになり、おもむろに2ndアルバムを取り出し聴く。

"Thank You"

If the sun refused to shine
I would still be loving you
When mountains crumble to the sea
There will still be you and me
Kind of a woman, I give you my all
Kind of a woman, nothing more

太陽の輝きが失われても
貴方を愛している
山々が崩れ海に流れたとしても
貴方と私は大丈夫さ
優しい人よ、全てを捧げる
何よりも優しい人よ

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2008年01月24日

その名にちなんで

00028942017528_165x165.jpgミーラー・ナーイル監督作「その名にちなんで」を観る。ロシアの奇人作家ゴーゴリの「外套」をモチーフにした家族、親子の愛がテーマの映画。ちなみに「外套」は、「貧しい小官吏の男が奮発して注文した外套。仕立て上がるのを待つ間にその外套は小官吏の美しい夢になるが、初めて袖を通した晩、外套を盗まれてしまう」という物語である。
子どもの幸せを願う親の「愛」、そして親の幸せを願うようになっていく子どもの「愛」。「愛」とはお互いに築きあうものであり、その最小の単位が「家族」であり「親子」なのである。身に染みる。

映画を観る直前、日比谷でDとバランスについて語る。独身者はある意味「Meism」である。人生にとって「愛」というバランスを保つためには環境を「Me」ではなく「Us」にせねばならない。いや、というよりそうした方が良い。その話と完全にシンクロするものだから不思議であり、また面白い。そんなことは随分前から親に口酸っぱく言われていた。これまではよくわからなかった。しかし、最近は確かにその通りだと思う。

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2008年01月23日

書は人なり

41NBY0KD4PL._AA240_.jpg友人の紹介で「素歩偉相会(ソフィア会)~第8回異業種交流会」に参加した。講演のテーマは根本寛氏による「筆跡心理学をビジネスに生かす~文字から自分や相手の性格がこわいほど分かる!~」というもの。ざっくりと1時間ほどのお話だった故、おそらく「さわり」の部分だろうがとても興味深く聞かせていただいた。

「書は人なり」と言われるとおり文字にはその人の性格が如実に表れるということだ。
1.生真面目型か融通型か、2.リーダー気質か協調型か、3.包容力があるかないか、4.粘り強いタイプか軽快型か、などなど本当に書く字によって基本的な性質が垣間見えるのでとても面白かった。筆跡鑑定によると、僕の性格は「融通型」、「協調型」、「粘り強い」、「入れ込み型」、「執着型」、「コツコツ型」ということである。あくまで統計学だが概して当たっているところが妙。「人間力向上セミナー」に応用できるかもしれない。

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2008年01月22日

失敗作という名の傑作

rachmaninov_detoit_no1.jpg今日は一日、週末のクラシック音楽講座の資料作りのためラフマニノフ漬け。第2協奏曲創作の遠因となった偉大なる失敗作(?)である交響曲第1番を皮切りに、モスクワ音楽院在籍中に産み出した傑作「前奏曲嬰ハ短調作品3-2」、そして課題曲「ピアノ協奏曲第2番」の様々な音盤をスコア片手に聴き通す。
ラフマニノフは19世紀末から20世紀にかけての作曲家にもかかわらず、その作風は極めて浪漫的で、何かと「前時代的」というレッテルを貼られ、決して玄人好みでない(?)作品を数多く残したことで有名である。しかしながら、彼の伝記を幾つか読んだり、冷静に楽曲を分析しながら聴き進めていくと、実は「革新性」豊かな音楽を書いていることがよくわかってとても面白い。

特に、1897年に創作された第1交響曲の初演失敗(当時の大衆にはわかりづらい晦渋な音楽である)により神経衰弱に陥り、以降しばらくノイローゼで全く創作活動をストップした後、ニコライ・ダーリ博士の催眠療法で自信を回復し、かのピアノ協奏曲第2番が生まれたわけだが、あらためて件の交響曲を聴いてみると、それほど失敗作とは思えないし、むしろラフマニノフの全作品の中でも斬新で実は出色の出来なのではないかと思わせるところがこれまた不思議でもあり、面白くもある。

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2008年01月21日

愛、性善説

41tPzWPB6aL._AA240_.jpg人間はやはり「性善説」に基づいて生まれ出ていると実感する。純粋に人は人を愛するものだし、たとえ「仮想空間」であろうとも人と人とはつながっているんだという感覚を体得することはとても重要である。
人は「自己防衛本能」というものを持たされている。身体がある以上最小限の「自己防衛」は当然必要である。しかし、環境や教育、体験によりその本能が過剰になっているのが現代人。あまりに物騒な世間。国と国との争い。近所付合いのない都会の殺伐たる人間関係。人が小さくならざるをえない状況。どこをどうとってみても病んでいる。とはいえ、その状況は誰が作ったのか。ほかでもない、人間自身である。

「愛」という言葉を口にすることは簡単である。しかし、「愛」という状態を発露し維持し続けることは困難だ。「愛」とは「無」、「真空」の状態。人間は誰しも我儘だ。他者と交わっているとき、話を聞いているときですら「無」になることはなかなかできない。たとえ数分であろうと、そのうちの半分以上は「自分自身」のことを考えてしまっている。みんな「私」が大事なのである。そして「私」がぶつかりあい、喧嘩となり、戦いに発展する。一方、ぶつからなければ「ストレス」となり、結局は自滅を招く。

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2008年01月20日

F4AEDBFE.jpg人が感動で流す涙は、それを見ている人の涙を誘う。人は誰でも自分自身素直な「感情」を出すまいと抑制しがちだ。特に男性は、子供の頃からの教育により一層自然に感情を表現できない人が多い。しかし、人とのコミュニケーション、それも「親和」といわれる深いコミュニケーションを一度経験すると、エネルギーが循環し、その魂は箍がはずれた如く今までに無い感動の坩堝と化す。こればかりはそれがたとえ仮想空間で起こったことであろうと自らが体感してみなくては決してわからない事実である。

「研修」が終了した。人が人により影響を受け、シンクロする、つまりつながるという状況をまた目の当たりにした。「性善説」とはよくいったものだ。人の持つ元々の「人間力」というものは誰もが桁外れの力を秘めている。ただ、気づいていないだけなのだ。または、使っていないのかもしれない。人と芯からふれあうことでそのスイッチが入る。そのことを「知る」だけで万金の値がある。

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2008年01月19日

天使と悪魔、脱二元論

ravel.JPG研修の初日を無事終える。こればっかりは毎回蓋を開けてみないとどうなるかわからないところが怖くもあり面白くもあるところ。今回は男性3名に再受講生2名という構成。しかし、さすがに自前で受講料を払って参加しようとする前向きな方達だけあり、とても素直なところが良い。

今日は僕の中でもいろいろとスイッチが入ったようで、講義では「自分自身と自分以外の人・物」という境界や殻の話に始まり、コミュニケーションにおいて「他者」を意識した交流が非常に重要だということ(逆に言うと、自分に意識が向いたとき、つまり「我」に入ったときに諸々の問題が生じてくるのだということ)を体感的に学習していただけたことが収穫であった。たとえ5分でもいい、真っ白になって相手のことだけを受容しながら共感・理解し、聞く姿勢を保てればとても深い交流が可能なのだ、ということをあらためて気づかされた(人は他者の話を聞いているときも、常にどこかで自分のことを考えたり、次に何をしゃべろうかついついしてしまう瞬間がある)。それはとても難しいことだが。

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2008年01月18日

雑感

%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%A9.jpg時の経つのは遅いのか早いのかわからない。あくまで感覚的なものなのだが、「1年前の今日はあぁだったな」と思い出すととても早く感じるし、「そういえば12月中頃に渋谷で『就職講座』をやったけど、まだ1ヶ月しか経っていないんだ」と逆に驚いたりだとか。
おそらくその一瞬のコミュニケーションの深度やそこにいた人たちとのつきあいのレベルだとか、そういうものが無意識に影響しているのかもしれない。

今日は朝から仕事関係の打ち合わせをし、昼にはHが久しぶりに来宅するというので、自家製の美味しい「真っ赤な菜食スパゲティ」(とても好評!)を食べさせてあげようと準備をしていたのだが、直前になって仕事が入ったということで一旦キャンセル。時間をずらして夕方17:30頃に現れ、3時間ほど語り帰っていった。本当は夕食でも共にできたらよかったのだが、明日は僕の方が「研修」を控えているので残念ながら今日のところは「なし」にした。

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2008年01月17日

東京掃除に学ぶ会

863.jpg今朝は4:30に起床。ボーっとした頭と身体を活性化するためにいつものように「チベット体操」をする。そして、新宿駅東口に向かうため5:30前には家を出る。まだ外は真っ暗。しかも東京では初雪。外気も2℃を表示する。とにかく寒い。
そういえば今日は神戸で震災が起こった日だなとポツポツ歩きながらふと思い出し、ちょうど震災が起きた時刻5:46に新宿駅に到着する。すでに100人近い人が集まっている。

東京掃除に学ぶ会主催「新宿駅周辺・街頭清掃」に初参加した。

株式会社イエローハットの現相談役、鍵山秀三郎氏が平成5年に日本を美しくする会を創唱し、学校でのトイレ清掃がその始まりと聞く。僕ももともと掃除は嫌いな方ではなく、割とこまめにする性質であるが、ボランティアで公共の場所を掃除するというのは、大人になって特別な研修を受けた時にやる以外、子どもの頃学校である意味強制的にやらされた記憶があるくらいだ。だから、そういう活動があるとは全く知らなかったし、ひょっとすると去年までだったら面倒臭がって行動しなかったかもしれない。
ここ1年自分自身の置かれている状況から他人への「感謝」や「謙虚さ」ということをすごく意識するようになり、また新しい出逢いを前以上に求めていろいろな所に顔を出そうと思っているものだから、今回のこの件もその両方の意味からチャンスだと考えたし、昨年末の「東京ハガキ祭」でお会いした方々皆さんがこの「新宿街頭清掃」のボランティアに携わっていらした方々だったということもあり、薦められて断る理由どころか面白そうだと思って参加したのである。しかしながら、まさか僕が本当に現れるとは思っていなかったらしく、お薦めいただいたM社長は開口一番「本当にいらしたんですね!」と目を見開きびっくりしたように「嬉しいです」と声を掛けていただいたのでやっぱり嬉しかった。僕は意外に正直で素直なんです。やるといえばやります。

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2008年01月16日

蔵島由貴ピアノリサイタル

41R1VWXDNAL._AA240_.jpg上野にある旧東京音楽学校奏楽堂で開かれた「蔵島由貴ピアノリサイタル」を聴いた。
上野駅の公演口を出て、文化会館を横目に公園の中を足早に歩く。既に日は暮れており、この辺りは人影もまばらで、何ともいえないノスタルジックな雰囲気を醸し出している。10分ほど歩くと、(僕は初めて訪れたのだが)かの奏楽堂が目の前に現れ、さすがに国の重要文化財というだけあり、いかにも古き良き明治の時代の面影をところどころに残している様が妙に知的好奇心をくすぐる。あとで調べてわかったことだが、このホールでは滝廉太郎がピアノを弾き、山田耕作が歌曲を歌ったという。

ところで、肝心のリサイタルについて。
前半はショパンのノクターン作品9-1&2とエチュード作品10全曲。蔵島の演奏は概してピアノと格闘するかの如く激しい。2年前の目黒での初リサイタルも聴いているが、その時の男性顔負けの厳しい演奏を髣髴とさせる。特に、細い身体からは想像もつかない激しい打鍵による割れんばかりのフォルテは、大袈裟だが重要文化財となっているこの古いホールの総てを揺るがすよう。とにかく、良し悪しは別問題としてコンサートに懸ける彼女の意気込みは十分過ぎるほど伝わってくる。
しかし、敢えて言うなら、いわゆる「愛」が不足しているように僕には感じられる。
ショパンの創作する楽曲のほとんどは様々な愛の女性遍歴から生まれ出たものである。それもどちらかというと「母性」を求めるいわゆる普遍的な「愛」が根底に流れているように思うのだ。それゆえ、彼の作品を演奏するとき、奏者にはどうしても総てを受容し、抱擁できるだけの「愛」が不可欠だと僕は考えるのである。人間は誰でも「愛」を内に備え持っているものである。しかしながら、例えば日常の中に何か不安や悩みがあるとその「愛」は意識のできない手の届かない奥底に追いやられてしまう。人間は長所・短所、明るいところ暗いところ含めて全てその人でオンリーワンなのだから、腹をくくってすべてをオープンにしたほうがいい。とにかく吹っ切ることである。そうすればもっと人間らしい温もりのこもったピアノが弾けるんじゃないだろうか。ピアノの技術と同時に人間的な幅を広げるような経験を積むとより一層いいと思うのである。

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2008年01月15日

「聖なる予言」的

31CG3T9H20L._AA240_.jpg10年以上前だったかにベストセラーになった「聖なる予言」
物語は南米ペルーのアンデスの密林に眠る遺跡で発見された古文書に端を発する。
まずはユングのいう「共時性」、すなわち「シンクロニシティ」を認めること。それは偶然の一致ではなく「宇宙の仕組み」であることを理解することだ(第1の知恵)。そして、「今」を生きること、すなわち思考の枠を広げ、「無境界」を認めること(第2の知恵)。さらに、宇宙は純粋なエネルギーであることを知り(第3の知恵)、全てがエネルギーであるということを人間関係にまで拡大すること。すなわち、エネルギーを他者から奪わないこと(第4の知恵)が重要だという。なぜなら、他者を利用せずとも、エネルギーは自然と一体になることによって手に入れることができるからだ(第5の知恵)。そして、内なるエネルギーの源を知ることにより、自分自身が何をするためにこの世に生を享けているのかが自ずとわかり(第6の知恵)、自分の存在意義を確認することで、「共時性」により着眼するようになる。そして自身の為すべきことを達成するために潜在的な能力を使うようになるのだ(第7の知恵)。その力を他者のために与え活用すること(第8の知恵)で我々の進化と同時に地球上の全てのものが進化していく(第9の知恵)。

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2008年01月14日

成人の日

byrd_tallis.jpg今日は「成人の日」。天皇崩御のあの年に生まれた赤ちゃんが成人するのだから、本当に歳月の経過はあっという間だ。当時、僕も社会人になって1年目の年でまだまだ初々しく、それにイベント制作業だったゆえ「歌舞音曲の自粛」ということで、崩御直後のコンサートやイベントを中止するか否か、またはどのように対処するかをクライアントと何度も協議したことを思い出す。まだバブルが弾ける前で、企業のメセナ活動もまだまだ盛んで、このまま永遠に右肩上がりの成長を続けるのではないかとみんなが信じていた時代だった。懐かしい。

今日はとにかく寒い。この冬一番の冷え込みらしい。昨日からどうも胃に違和感があり、両肩に何かずっしりと重いものが乗っかる感覚があったので、「もしやインフルエンザか?!」と思い、大事をとり今日は横になったり、ぼーっと本を読んだりして安静に過ごした。

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2008年01月13日

近親結婚

41HDGVNC8GL._AA240_.jpgイギリスで別々の両親の養子となった双子の男女が、その事実を知らず結婚し、「近親結婚」にあたるとし、無効になったという記事を読んだ。お互いに惹かれ合って結婚したわけだから、無効も何も本人たちにとってみればたまったもんじゃないだろうに。「ロメオとジュリエット」の如く、叶わないとなればより一層想いが募ってしまうのではなかろうか。

古代ローマの奴隷という身から、成長して自由民となりストア学派の哲学者となったエピクテトテス。弟子のアリアノスが彼の思想をまとめた全8巻の「語録」の要約版である「要録」には、「受容の哲学」が巻末におかれている。人は創造主に従うことによって、宇宙と調和して行動している自分を認め、得がたい「静けさ」を手に入れる。誰しも生まれ出てきた役割が決まっているのだから、運命とわかっているものに抗おうとするのは、悲惨な結果を生むだけだと説く。何とも厭世的な思想であるが、さらに、彼によれば、人は飲食し性交し眠るという点においては動物と同じだが、世界を理解し、世界の中の自身の位置を知ることは動物と相違する点であるという。世界や自身について考えを深めれば、「宇宙の摂理」の背後にある「知性」を認めるようになり、周りの事物に囚われなくなるなるのだともいう。

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2008年01月12日

この国はおかしい

41K5VT5Y9FL._AA240_.jpg横浜市の小学校で女性教諭が連帯責任として児童全員を平手打ちしたことが「不祥事」として問題になった記事を見た。一部の児童が指示に従わず勝手な行動をとったための措置としてやったということだ。
果たして、これが本当に「問題」なのか?
僕の子どもの頃は教師のいわゆる「体罰」は当然のこととして受け止めていたし、ましてや親に報告したり、問題として扱われることがなかったゆえ、隔世の感がある。子どもにモラルや規律を教えることが悪いことなのか?時には体罰というものも根底に「愛」があるなら必要な場合もある。人は「痛み」を知り、愛の鞭を受け育っていくものなのに。
日本の学校教育はおかしくなっている。

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2008年01月11日

チベット体操、自然、「未完成」交響曲

BECCA05D.jpg久しぶりに経堂に出向く。10年以上住んだ街だからとても懐かしいと同時に、同じ都内とはいえ新宿のような繁華街とは違いこういう住宅街に流れる空気は幾分ゆったりとしていて、やっぱり住みやすいんだろうなと改めて感じた。
駅から歩いて20分ほど、船橋5丁目のとあるスタジオで初開催された「世田谷チベット体操教室」。20人以上もの方が参加されており、ここのところの突然のチベット体操ブームというのは大変なもんだなぁと実感する。
ところで、参加者のある女性がコメントしていたのだが、今日は「1」が5つ並ぶとても良い日だとのこと。

2008年=分解すると、2+0+0+8=10→1+0=「1」
子年=「1」、1月=「1」、11日=「1」、「1」

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2008年01月10日

人の温かさ

416DG4D295L._AA240_.jpgCD棚を漁りながら、ふとディーリアスの音楽を思い出す。彼は梅毒が原因で60歳を前に全身麻痺に見舞われ、ついには失明までしてしまったという。そういう状況の中でも弟子に助けられ作曲を続けたイギリスを代表する作曲家だ。

最近、身内に障害(身体障害、知的障害など様々)を持った人との出逢いが多い。そういう人が単純に増えているということではなさそうなので、多分僕自身がそういう状況やそういう人たちから何かを学ばなければならない宿命なんだろうと実感する(ちなみに、僕の実母も障害をもっており、父が日々献身的に介護している姿を見るととても感動的で、その父が近いうちに「介護日記」をブログ化するというので実は楽しみに待っている。面と向かってそういう話をするのも照れ臭いので直接言ってないが・・・)。

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2008年01月09日

眼鏡、カメラ、皇帝

41J0N2BPQ8L._AA240_.jpg昨年末、「東京ハガキ祭」で会った方からいただいた豊福厚至氏の「眼鏡のはなし」という本。一般書店では売られていないので目にすることはないと思うが、なかなか面白かった。僕も子どもの頃は視力2.0でとても良かったのだが、遺伝のせいか、テレビの見過ぎか、はたまた勉強のし過ぎか(笑)、高校生頃からだんだんと悪くなり、今では眼鏡がないと生活はままならない。眼鏡などは視力を適正に矯正してくれるものであるなら何でもいいと思っていたが、どうやらそうではないらしい。やはり自分の顔かたちやバランスまできちっと考えて「正しい」眼鏡を合わせることがとても重要なのだということだ。
この本にも書いてあったが、眼は単に物を認めたり、見分けるだけでなく、精神世界(自分)と現実世界(外界)を結ぶ窓口だというのだ。そして、眼鏡は、その眼の働きを助けて、光の信号をより多く、よりスムーズに取り入れるお手伝いをする道具だという。だから大事なんだと。なるほど。

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2008年01月08日

超知覚

51V93UuPqmL._AA240_.jpgMore Than A Feeling

今朝、空を見上げたらすでに太陽が昇っていた
ラジオのスイッチを入れ、一日を始める
聴き慣れた曲に我を忘れ
目を閉じると僕の心はどこかに飛んで行った

それは知覚を超えたもの・・・

一見何でもない歌詞だが、実は衝撃的な歌詞である。この曲、邦題は「宇宙の彼方へ」という。誰が考えたのか不明だが、言い得て妙。

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2008年01月07日

光陰矢の如し

4193RSSPE9L._AA240_.jpg今年も早1週間が経過した。光陰矢の如し。

年末年始に帰省したときに出会った人たち、そして年賀状のやりとりで久しぶりに「再会(?)」した人たちの多くが意外にこのブログを楽しみに読んでくれているということがわかったことが収穫といえば収穫(読むだけでなくポチっとランキング・ボタン押してくださいね(笑))。5月に始めたからちょうど8ヶ月が経つが、よくもまぁ毎日同じスタイルで書けるものだと我ながら感心する。僕は10代の頃からブルックナーの音楽に目覚め、同時に朝比奈隆の音楽に惚れ、ずっと愛好してきた(御大が亡くなってから生演奏は一度も聴いていないことは前にも書いたが)。ブルックナーは生涯交響曲を全く同じスタイルで書き続けた変人である。もちろん年輪を重ねるにつれ生み出す音楽の「精神性」は高度になり、最後は「神の境地」に達しているので、僕の日記などと比べるべくもないのだが、半ばストーカー的な「しつこさ」に関しては類似するものを感じる(僕の勝手な見解だが)。不器用な天才とでもいうのか、とにかく靴紐一つ自分で結べなかったというのだから「人」としてはとんでもない「孤高」の存在だったことは間違いない。

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2008年01月06日

早起きの一日

cd2463.jpgまだ薄暗い明け方、床を抜け出し熱いシャワーを浴びた後、いつものように「チベット体操」をする。真冬の冷たい空気を肌で感じながら深く呼吸をすると身も心もとても爽快になる。特に、今朝は心地よい。そして、少なくとも午前中いっぱいの東京のエネルギーはとてもイカした(ように思う)。
とにかく早起きをすると一日がとても長い。というより有意義に使える。
朝ミーティングでは、昨日ブログにも書いた「新医療制度」施行に関係するセミナー提案の打ち合わせ。商機、勝機はあるゆえ相当に練り込まねばならないと痛感する。

それにしても、「新宿~河田町」界隈の殺伐とした風景も早朝だと妙に新鮮で「気」も軽い。

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2008年01月05日

環境問題

41N99QFAH0L._AA240_.jpg今年の4月から企業などで「特定健康診査・特定保健指導」が義務化される。いわゆるメタボリック症候群該当者と予備軍を5年後には10%以上減らす目標を掲げ、未達成の会社には「罰金」を科すということのようだ。「メタボ」とは、男性なら腹囲が85cm以上の場合を指すらしいが、サイズはともかくとして暴飲暴食、美食そして運動不足の果ての姿だから「贅沢病」の極致のようなものだろう。
こういう法律が定められたときにはダイエット商品や健康器具開発など、必ずそこに商機を見出し一儲けしようと考える企業も多い。ただし、大抵のものは表面的な効果しかなく決して根本的な解決になるものではないと僕は思う。個人の「意識」そのものを変革しない限りは何にも変わらないのではないかと考えるからだ。

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2008年01月04日

人生育成・支援

41D6RWPXCSL._AA240_.jpg遅ればせながら、2008年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
大晦日から岐阜県瑞浪市、そして滋賀県甲賀市への4泊5日の旅。例年になく4ヶ所(瑞浪市・日吉神社、北野神社、大津市・近江神宮甲賀市・飯道神社)もの初詣を済ませ、身も心も浄化し本日夕方帰京。実家では親戚や御近所の懐かしい人たちと出逢い、とても充実した年越し、正月であった。楽しくお酒を酌み交わしながら鍋をつつき、愉快に一家団欒を過ごし、人間は誰しもたくさんの人々に支えられ生きているということ、そして、「ダイヤモンドがダイヤモンドでしか磨けないように人は人でしか磨けない」という言葉通りそうやって人間は成長していくんだということを何度も実感させられた。

ところで、僕のプロフィールに関して、本来「人材育成・支援業」とすべきところ、父が年賀状で「人生育成・支援業」と誤植をしたのを機に僕の生業を今後「人生育成・支援業」と改めることにした。どちらかというとその方が成程「ピン」と来るからだ。若輩者にとって壮大過ぎる目標でありライフ・ワークであるが、以前からたびたびブログ上でも書いている「愛」+「勇気」+「ワンネス(一つ)」をテーマに、あくまで「謙虚」に、たくさんの人たちに出逢い、分かち合うことのできる飛躍の年にしようと気持ちをあらたに決意した次第である。

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