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2008年04月 アーカイブ
2008年04月30日

アントニオ・カルロス・ジョビン

urubu.jpg初夏のようなポカポカ天気。朝から掃除に洗濯。とにかく汚れを落とさんとばかりに精力的に家中を動く。普段目の行き届かない隅っこまで雑巾がけし、酢水で床を拭く。昨日までの重い空気が嘘のよう。不思議なくらいエネルギーが変わって気持ちが良い。落ち着いた後、第15回「早わかりクラシック音楽講座」の報告ページをUPしようと整理までしたところでちょうどお昼。転職後の報告を聞きがてら新宿でYと食事をする。社風も文化もこの前まで勤めていた某証券会社とは180度違うらしく、初めのうちはとまどいがあったものの、むしろ自分の生き方や考え方、性格にあっているらしくストレスが全くないという。彼も人を受容することの重要性にここのところ気づいているらしく、僕の考えていることに極めて近い。将来的には共に何かできれば面白いなと心の中で考える。

夜は恵比寿にて5年ぶりに気象予報士のYに会う。初めて会ったときから13年経過しているから彼女も35歳になったらしい。歳はとれども風貌は昔のまま。雰囲気といい状態といい何も変わってないところが彼女らしい。そういう僕も基本的には何も変わっていないらしいが(笑)。積もる話を聞き、お願いしていた案件の相談をし、軽く一杯飲みながらアジアン・テイストの料理をいただく。Euro Asian Restaurant & Bar ”Coci”。美味しかった。

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2008年04月29日

「安寧」の音楽

hewitt_goldberg.jpg第15回「早わかりクラシック音楽講座」終了しました。今回は自分的には決して納得のいかない内容。メンデルスゾーンが極めて優れた才能を持ち合わせながら、後世も含めた万人に認められる超一流作曲家になれなかったのは、幼年時に環境に迎合し、ほぼ自分自身のアイデンティティをなくし、いわば親のレールの敷かれるまま生きてきた「弱さ」が最大要因だったように思う。そのメンデルスゾーンとオーバーラップするかのように環境に怖いくらいに左右されてしまう自分自身の脆弱性にあらためて気づかされたことが収穫といえば収穫。「人間力向上セミナー」では他者と比べるなかれ、己の意思を強固にもて、と口を酸っぱく語っているにもかかわらず、それは自分自身に言い聞かせていたのだと痛感した。
あとから参加していただいた皆様からは「あなたが思うほど問題はなかった」と言っていただけたことがせめてもの救いだが、次回以降の「音楽講座」、そして本業のセミナーに生かすよう日々精進することを決意した(大袈裟ですね・・・)。
今日の講座の後もビール片手に食事をしながらつい先ほどまで音楽談義や近況報告で盛り上がった。いつもそうなのだが、講座中よりも話はエスカレートする(笑)。どういう話の流れだったか忘れたが、メンデルスゾーンがバッハ再評価の架け橋となったということから、かの音楽の父の音楽を聴いてみようということになり、2月の講座でとりあげた不滅の無伴奏モノをいくつか聴き比べしてみた。シェリングのシャコンヌ。無伴奏チェロ組曲第1番のプレリュードのみ4種(マイスキー旧盤、新盤、カザルス盤ロストロポーヴィチ盤)。やはりJ.S.バッハの音楽は究極だ。神の境地。
講座の詳細UPは明日以降に譲るとして、お口直し、お耳直しとして鬱積した心理状態を解放してくれる音楽を聴こうとCD棚を漁ってみた。

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2008年04月28日

昭和の記憶

61SKCG055ML._SL500_AA240_.jpgMiles DavisのBitches Brew。メタル期(1972~74)King Crimsonが産み出した諸作。いずれも混沌とした中にふと垣間見える(聴こえる)「調和」が魅力的。こういう音楽を耳にすると、1970年前後-つまり昭和45年前後の思い出が明滅しながら記憶の此方に浮上してくるから不思議だ。MilesもCrimsonも2008年の今でも決して古びることはない。こんなに斬新で魂を揺さぶるリズムとハーモニーはなかなか出逢えない。

1970年代初頭。泥沼化するベトナム戦争、連合赤軍浅間山荘事件、三島事件、大阪万博。などなど。当時小学校低学年だった僕にとっては遠い過去の記憶。子どもであるがゆえに世間で起こっている事件に関してはほぼOn timeでは記憶がない。ただし、当時の事件を取材した週刊誌や特集号が自宅の書棚に並んであったという記憶は確かにある。子ども心にぱらぱらとページをめくった記憶も確かだ。
あの頃の日本人はとても気概があった(と思う)。今の、画一化された横並びの教育がまかり通る「腑抜け」のような時代に比べ、山もあり谷もあったが、人々には「生きている」という実感があったはずだ。そういう時代がもう一度戻ってこないものだろうか・・・。
何だかふと古き良き(といっていかどうかはわからないが)あの時代が妙に懐かしくなり、あの頃創り出された音盤をいくつか聴いてみた。良い。とにかく良い。予定調和的でない即興とも思える躍動感がたまらない。

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2008年04月27日

プレヴィンのジャズ・ピアノ

51lxpMi58pL._SL500_AA240_.jpgジョージ・バーナード・ショーの著作に「ピグマリオン」という戯曲がある。ギリシャ神話に登場する王ピュグマリオーンの逸話を題材にした創作劇。ピュグマリオーンの伝説もショーの戯曲に関しても残念ながら詳しくないので言及は避ける。ただし、簡単にいうと、現実の女性に失望した王が彫刻に生命を与え、それを妻に迎えるという話らしい。何だか今の時代のバーチャル恋愛に近い話。理想と現実のギャップに苦しみ悩む人は多いが、所詮バーチャルはバーチャル。現実的に地に足をつけて、「楽しむ」ことは人としてとても大事なこと。今日もセミナーを終え、つくづく思ったのだが、純粋に人と人がつながっていく様は感動的で必然的。誰もが一つになることを求めているのだからとにかく楽しもうじゃないか。
ところで、上記バーナード・ショーの戯曲を原作にしたミュージカル『マイ・フェア・レディ』。ブロードウェイでロングランとなったこの名作も初演から半世紀余り経過する。

Shelly Manne & His Friends:My Fair Lady

Shelly Manne(drums)
Andre Previn(piano)
Leroy Vinnegar(bass)

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2008年04月26日

体験>情報

mendelssohn_cherubini_q.jpg第6回人間力向上セミナー初日。今回はどういうわけか向上心が高く、素直な参加者が多い。といっても以前の参加者が斜に構えた人が多かったという意味ではない。人間それなりに壁にぶつかり悩み多き人に限り、何とかしなければいけないという意識になるもので、イコール必然的に自己改革の意識レベルが高くなる。それは、年齢は関係ない。20歳過ぎの学生もいれば30歳過ぎのバリバリ第一線の社会人もいる。冒頭からかなりレベルの高い実習と講義をしたがすんなりとついてきてくれる。そういう時は講師側も待ってましたとばかりに無意識に話が長くなるもので、予定より1時間近く押して終了。
たくさん学ばせていただきました。感謝。

18:00前に終了し、反省会という名の食事会を曙橋のお好み焼き屋で開催。久しぶりにアシストしてくれたかつての仲間たちとビール片手に盛り上がった。愉快。とにかくみんな人が好きらしい。要は、人が変化していく様を見るのは誰にとってもある意味「快感」のようだ。

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2008年04月25日

超絶技巧・・・

paganini_mintz.jpg先日の「新入社員合同合宿研修」のフィードバックということで渋谷のP社を訪問する。小1時間ほど、終了後の感想や今後の展開などについてミーティングをしたが、概ね好評で、半年後のフォロー研修や来年度のことも視野に入れながら進めていきたいということになった。自分的には若干の反省点はあるものの、まぁ100点に近い内容だったと自負があるものだから、まずは納得。ただし、人間の思考や行動パターンはそうそう簡単に変わるものではない。行動変容の大きなポイントは、継続的なフォローにあると思うので、そのあたりを今後の課題として提案していけたらもっと良いものになるだろう。
ミーティング後、「マネージャー研修」の振り返りミーティングがあるというので、2時間ほど居残り見学させていただいた。個人が課題を発表し、それに対して残りの参加者がコメントをする。ただし、アドバイスはしてはいけないとのこと。なるほど、アドバイスというのは相手より一段上からものを見るような感覚があるからだろう、あくまでその課題に関係するような自分自身の実体験を事実ベースで述べろという指示があった。たくさんの方からの意見を聴いていると、各人の気づきも増す。簡単なことだが、日常の業務の中ではなかなかできないことだ。

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2008年04月24日

ちょっと一息・・・

41ggFaXWbCL._SL500_AA240_.jpg今日は曇り空。夜には一瞬結構な雨が降ったが、いつの間にかあがりすっきりした。
旧知の友人たちと故あって集い、久しぶりに0時頃まで飲み語り、昔話に花が咲いた。もうかれこれ20年以上前の仲間との再会や10年ほど前に同じ釜の飯を共にしながら切磋琢磨した仲間。それについ最近まで何かと絡んでいた若者たち。ほんの一瞬ではあっても、すれ違ってみると懐かしい思い出が湯水のように湧き出してくる。
明後日からの「人間力向上セミナー」に備えて準備をする。今度で第6回目になる。何事もやり続けることが重要だから、とにかく継続的に開催することを念頭においている。今回は今までとは違った方たちにヘルプしていただくためいつも以上に楽しみ。ワクワクしながら当日を迎えることができそうだ。

ところで、今度の「早わかりクラシック音楽講座」の資料作りのため集中的にメンデルスゾーンを聴きながら、何だかふとロキシー・ミュージックを思い出した。
何度もこのブログでも書いているが、メンデルスゾーン(彼は存命当時イギリスには何度も演奏旅行で訪れ、イギリスは所縁のある土地のようだ)という作曲家は、表面的には優等生的な明るさを持ったイメージが強いが、よくよく聴いてみると「翳り」、「憂い」がそこかしこに聴いてとれる、絶妙な音楽を書いた。そして、ブライアン・フェリー率いる後期ロキシー・ミュージックにも同じような「色」、つまり繊細で洗練された肌触りの中にも「翳」が感じられる奥深い音楽を感じることができるのだ。

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2008年04月23日

明るくも哀しい四重奏曲

abq_mendelssohn.jpgここ数日はメンデルスゾーンを集中的に聴いている。春たけなわの今頃にちょうど良い「温度感」に心が洗われるのだ。
ところで、メンデルスゾーンは地味ながら6曲の弦楽四重奏曲を書き上げている。そのほとんどは青年期に書かれており、若々しく植物が芽吹くような青々とした色合いはとにかく居心地が良い。
例えば、一般論、というか僕自身の感覚なのだが、弦楽四重奏というジャンルは、色彩がモノトーンで、微風にふっと撫でられるかのような気持ち良さがある反面、突如音の塊が攻撃するような激しさが錯綜する面白さをもつと思う。当然ながらベートーヴェンやショスタコーヴィチのそれがバイブルなのだが、楽聖の初期の作品はともかくとしていかんせん重過ぎて、そうしょっちゅうプレーヤーにかける気になれない側面がある。ところが、特にメンデルスゾーンの最初期のカルテットは「愛」と「哀」に満ちた音楽で、聴いていて少しも邪魔にならず癒されるのだ。

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2008年04月22日

捨てた、そして「無言歌集」

mendelssohn_schiff.jpg一昨日は満月だった。新月の時には「願事」を託し、一方「満月」の時は不要なもの(物に限らず思いも)を捨てるといいとよくいわれる。それほど明確に意識しているわけではないが、心の中ではいつも月の満ち欠けを気にしているのは確かである。要らないモノは捨てようと意識していたからかどうかはわからないが、不慮の事故でブログの管理ソフトが飛んでしまい、更新作業がままならなくなった。というより、既存のデータまでもが修復できるかどうかの瀬戸際まで追い詰められたものだから、丸一日修復作業に追われていたと言った方が正しい。ただし、僕がいくら一人で悩んだところで右も左もわからないので、そこは優秀な右腕(笑)=このブログを作ってくれた友人に朝一番に連絡をし、忙しい中作業をやってもらったのである(彼はこれが本業ではないから、本当に申し訳なく思うと同時に全力で取り組んでいただいたことに感謝します)。そんなわけで、昨日は日記も書けなかったし、いくつかいただいたコメントの返信もできなかった。それにコメントをいただいたのに、トラブルの影響でコメントそのものが反映されなかった方もいるようだ。最近では、拙いながらこのブログを楽しみに読んでいただいている方もいらっしゃるようで、ご心配をおかけしました(たかだか一日更新しなかっただけだから誰も心配などしてないかもしれないけど・・・)。結局サイトをリニューアルして、何とか1日休むだけで再開の目処がたった。ところどころまだまだ問題があるので、少しずつ整えて心機一転、より楽しいブログを書いていこうと思う。

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2008年04月20日

メンデルスゾーンはいい

41CASVRJ2BL._SL500_AA240_.jpg月末の「早わかりクラシック音楽講座」の準備をそろそろ始めねばと思い、いくつかメンデルスゾーンに関する文献を読み漁った。彼の音楽は、存命当時非常に高い評価を受け、ヨーロッパ中で愛好されていたようだが、死とともに年々評価が下がり、最悪時は誹謗中傷までされ作品そのものが闇に葬られることもあった。
音楽好きの中でも、一般的にはメンデルスゾーンというと「裕福な家庭に育ったため苦悩の経験がなく、芸術としての深みに欠ける」とレッテルが貼られることも多く、今回伝記などを具体的に読むまでは彼の人生が山あり谷ありであることを僕も知らなかった。
極めつけは、死後3年目に(すなわち1850年)、リヒャルト・ワーグナーにより『音楽におけるユダヤ人』という論文で徹底的に中傷され-ユダヤ人には良い音楽など創れない、メンデルスゾーンの作品も人まねで何の感動も与えない、など-、20世紀には「退廃音楽」としてナチスによって12年間葬り去られるという憂き目にもあっていることだ。
このブログにもこれまで何度か書いているように、僕はワグネリアンとまではいかないまでもワーグナー音楽が好きである。「トリスタン」、「マイスタージンガー」、「指環」「パルジファル」などどれをとってみても、一日中でも聴き浸っていたいと思う瞬間が時折あるほど「毒性(?)」のある音楽ばかりなのだ。
しかしながら、上記のような事実を知ると、ワーグナーの人間性に関しては理解できないばかりか腹立たしくもなってくる。晩年には菜食主義者になり、「共苦、共生」という概念にまで到達したというが、人としての器量の小ささをどうしても感じてしまう。まぁ、音楽が素晴らしいならいいじゃないかといってしまえばそれまでだが・・・。つい最近も「バイロイトのお家騒動」が話題になっていたが、ワーグナー家というのは「自己中心的な我の強い」人々の集まりなのだろうか?親族同士でトラブルのも仕方ないか・・・。

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アレグロ・コン・ブリオ~「愛」+「勇気」=「ワンネス」:2008年04月アーカイブ
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2008年04月30日

アントニオ・カルロス・ジョビン

urubu.jpg初夏のようなポカポカ天気。朝から掃除に洗濯。とにかく汚れを落とさんとばかりに精力的に家中を動く。普段目の行き届かない隅っこまで雑巾がけし、酢水で床を拭く。昨日までの重い空気が嘘のよう。不思議なくらいエネルギーが変わって気持ちが良い。落ち着いた後、第15回「早わかりクラシック音楽講座」の報告ページをUPしようと整理までしたところでちょうどお昼。転職後の報告を聞きがてら新宿でYと食事をする。社風も文化もこの前まで勤めていた某証券会社とは180度違うらしく、初めのうちはとまどいがあったものの、むしろ自分の生き方や考え方、性格にあっているらしくストレスが全くないという。彼も人を受容することの重要性にここのところ気づいているらしく、僕の考えていることに極めて近い。将来的には共に何かできれば面白いなと心の中で考える。

夜は恵比寿にて5年ぶりに気象予報士のYに会う。初めて会ったときから13年経過しているから彼女も35歳になったらしい。歳はとれども風貌は昔のまま。雰囲気といい状態といい何も変わってないところが彼女らしい。そういう僕も基本的には何も変わっていないらしいが(笑)。積もる話を聞き、お願いしていた案件の相談をし、軽く一杯飲みながらアジアン・テイストの料理をいただく。Euro Asian Restaurant & Bar ”Coci”。美味しかった。

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2008年04月29日

「安寧」の音楽

hewitt_goldberg.jpg第15回「早わかりクラシック音楽講座」終了しました。今回は自分的には決して納得のいかない内容。メンデルスゾーンが極めて優れた才能を持ち合わせながら、後世も含めた万人に認められる超一流作曲家になれなかったのは、幼年時に環境に迎合し、ほぼ自分自身のアイデンティティをなくし、いわば親のレールの敷かれるまま生きてきた「弱さ」が最大要因だったように思う。そのメンデルスゾーンとオーバーラップするかのように環境に怖いくらいに左右されてしまう自分自身の脆弱性にあらためて気づかされたことが収穫といえば収穫。「人間力向上セミナー」では他者と比べるなかれ、己の意思を強固にもて、と口を酸っぱく語っているにもかかわらず、それは自分自身に言い聞かせていたのだと痛感した。
あとから参加していただいた皆様からは「あなたが思うほど問題はなかった」と言っていただけたことがせめてもの救いだが、次回以降の「音楽講座」、そして本業のセミナーに生かすよう日々精進することを決意した(大袈裟ですね・・・)。
今日の講座の後もビール片手に食事をしながらつい先ほどまで音楽談義や近況報告で盛り上がった。いつもそうなのだが、講座中よりも話はエスカレートする(笑)。どういう話の流れだったか忘れたが、メンデルスゾーンがバッハ再評価の架け橋となったということから、かの音楽の父の音楽を聴いてみようということになり、2月の講座でとりあげた不滅の無伴奏モノをいくつか聴き比べしてみた。シェリングのシャコンヌ。無伴奏チェロ組曲第1番のプレリュードのみ4種(マイスキー旧盤、新盤、カザルス盤ロストロポーヴィチ盤)。やはりJ.S.バッハの音楽は究極だ。神の境地。
講座の詳細UPは明日以降に譲るとして、お口直し、お耳直しとして鬱積した心理状態を解放してくれる音楽を聴こうとCD棚を漁ってみた。

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2008年04月28日

昭和の記憶

61SKCG055ML._SL500_AA240_.jpgMiles DavisのBitches Brew。メタル期(1972~74)King Crimsonが産み出した諸作。いずれも混沌とした中にふと垣間見える(聴こえる)「調和」が魅力的。こういう音楽を耳にすると、1970年前後-つまり昭和45年前後の思い出が明滅しながら記憶の此方に浮上してくるから不思議だ。MilesもCrimsonも2008年の今でも決して古びることはない。こんなに斬新で魂を揺さぶるリズムとハーモニーはなかなか出逢えない。

1970年代初頭。泥沼化するベトナム戦争、連合赤軍浅間山荘事件、三島事件、大阪万博。などなど。当時小学校低学年だった僕にとっては遠い過去の記憶。子どもであるがゆえに世間で起こっている事件に関してはほぼOn timeでは記憶がない。ただし、当時の事件を取材した週刊誌や特集号が自宅の書棚に並んであったという記憶は確かにある。子ども心にぱらぱらとページをめくった記憶も確かだ。
あの頃の日本人はとても気概があった(と思う)。今の、画一化された横並びの教育がまかり通る「腑抜け」のような時代に比べ、山もあり谷もあったが、人々には「生きている」という実感があったはずだ。そういう時代がもう一度戻ってこないものだろうか・・・。
何だかふと古き良き(といっていかどうかはわからないが)あの時代が妙に懐かしくなり、あの頃創り出された音盤をいくつか聴いてみた。良い。とにかく良い。予定調和的でない即興とも思える躍動感がたまらない。

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2008年04月27日

プレヴィンのジャズ・ピアノ

51lxpMi58pL._SL500_AA240_.jpgジョージ・バーナード・ショーの著作に「ピグマリオン」という戯曲がある。ギリシャ神話に登場する王ピュグマリオーンの逸話を題材にした創作劇。ピュグマリオーンの伝説もショーの戯曲に関しても残念ながら詳しくないので言及は避ける。ただし、簡単にいうと、現実の女性に失望した王が彫刻に生命を与え、それを妻に迎えるという話らしい。何だか今の時代のバーチャル恋愛に近い話。理想と現実のギャップに苦しみ悩む人は多いが、所詮バーチャルはバーチャル。現実的に地に足をつけて、「楽しむ」ことは人としてとても大事なこと。今日もセミナーを終え、つくづく思ったのだが、純粋に人と人がつながっていく様は感動的で必然的。誰もが一つになることを求めているのだからとにかく楽しもうじゃないか。
ところで、上記バーナード・ショーの戯曲を原作にしたミュージカル『マイ・フェア・レディ』。ブロードウェイでロングランとなったこの名作も初演から半世紀余り経過する。

Shelly Manne & His Friends:My Fair Lady

Shelly Manne(drums)
Andre Previn(piano)
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2008年04月26日

体験>情報

mendelssohn_cherubini_q.jpg第6回人間力向上セミナー初日。今回はどういうわけか向上心が高く、素直な参加者が多い。といっても以前の参加者が斜に構えた人が多かったという意味ではない。人間それなりに壁にぶつかり悩み多き人に限り、何とかしなければいけないという意識になるもので、イコール必然的に自己改革の意識レベルが高くなる。それは、年齢は関係ない。20歳過ぎの学生もいれば30歳過ぎのバリバリ第一線の社会人もいる。冒頭からかなりレベルの高い実習と講義をしたがすんなりとついてきてくれる。そういう時は講師側も待ってましたとばかりに無意識に話が長くなるもので、予定より1時間近く押して終了。
たくさん学ばせていただきました。感謝。

18:00前に終了し、反省会という名の食事会を曙橋のお好み焼き屋で開催。久しぶりにアシストしてくれたかつての仲間たちとビール片手に盛り上がった。愉快。とにかくみんな人が好きらしい。要は、人が変化していく様を見るのは誰にとってもある意味「快感」のようだ。

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2008年04月25日

超絶技巧・・・

paganini_mintz.jpg先日の「新入社員合同合宿研修」のフィードバックということで渋谷のP社を訪問する。小1時間ほど、終了後の感想や今後の展開などについてミーティングをしたが、概ね好評で、半年後のフォロー研修や来年度のことも視野に入れながら進めていきたいということになった。自分的には若干の反省点はあるものの、まぁ100点に近い内容だったと自負があるものだから、まずは納得。ただし、人間の思考や行動パターンはそうそう簡単に変わるものではない。行動変容の大きなポイントは、継続的なフォローにあると思うので、そのあたりを今後の課題として提案していけたらもっと良いものになるだろう。
ミーティング後、「マネージャー研修」の振り返りミーティングがあるというので、2時間ほど居残り見学させていただいた。個人が課題を発表し、それに対して残りの参加者がコメントをする。ただし、アドバイスはしてはいけないとのこと。なるほど、アドバイスというのは相手より一段上からものを見るような感覚があるからだろう、あくまでその課題に関係するような自分自身の実体験を事実ベースで述べろという指示があった。たくさんの方からの意見を聴いていると、各人の気づきも増す。簡単なことだが、日常の業務の中ではなかなかできないことだ。

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2008年04月24日

ちょっと一息・・・

41ggFaXWbCL._SL500_AA240_.jpg今日は曇り空。夜には一瞬結構な雨が降ったが、いつの間にかあがりすっきりした。
旧知の友人たちと故あって集い、久しぶりに0時頃まで飲み語り、昔話に花が咲いた。もうかれこれ20年以上前の仲間との再会や10年ほど前に同じ釜の飯を共にしながら切磋琢磨した仲間。それについ最近まで何かと絡んでいた若者たち。ほんの一瞬ではあっても、すれ違ってみると懐かしい思い出が湯水のように湧き出してくる。
明後日からの「人間力向上セミナー」に備えて準備をする。今度で第6回目になる。何事もやり続けることが重要だから、とにかく継続的に開催することを念頭においている。今回は今までとは違った方たちにヘルプしていただくためいつも以上に楽しみ。ワクワクしながら当日を迎えることができそうだ。

ところで、今度の「早わかりクラシック音楽講座」の資料作りのため集中的にメンデルスゾーンを聴きながら、何だかふとロキシー・ミュージックを思い出した。
何度もこのブログでも書いているが、メンデルスゾーン(彼は存命当時イギリスには何度も演奏旅行で訪れ、イギリスは所縁のある土地のようだ)という作曲家は、表面的には優等生的な明るさを持ったイメージが強いが、よくよく聴いてみると「翳り」、「憂い」がそこかしこに聴いてとれる、絶妙な音楽を書いた。そして、ブライアン・フェリー率いる後期ロキシー・ミュージックにも同じような「色」、つまり繊細で洗練された肌触りの中にも「翳」が感じられる奥深い音楽を感じることができるのだ。

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2008年04月23日

明るくも哀しい四重奏曲

abq_mendelssohn.jpgここ数日はメンデルスゾーンを集中的に聴いている。春たけなわの今頃にちょうど良い「温度感」に心が洗われるのだ。
ところで、メンデルスゾーンは地味ながら6曲の弦楽四重奏曲を書き上げている。そのほとんどは青年期に書かれており、若々しく植物が芽吹くような青々とした色合いはとにかく居心地が良い。
例えば、一般論、というか僕自身の感覚なのだが、弦楽四重奏というジャンルは、色彩がモノトーンで、微風にふっと撫でられるかのような気持ち良さがある反面、突如音の塊が攻撃するような激しさが錯綜する面白さをもつと思う。当然ながらベートーヴェンやショスタコーヴィチのそれがバイブルなのだが、楽聖の初期の作品はともかくとしていかんせん重過ぎて、そうしょっちゅうプレーヤーにかける気になれない側面がある。ところが、特にメンデルスゾーンの最初期のカルテットは「愛」と「哀」に満ちた音楽で、聴いていて少しも邪魔にならず癒されるのだ。

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2008年04月22日

捨てた、そして「無言歌集」

mendelssohn_schiff.jpg一昨日は満月だった。新月の時には「願事」を託し、一方「満月」の時は不要なもの(物に限らず思いも)を捨てるといいとよくいわれる。それほど明確に意識しているわけではないが、心の中ではいつも月の満ち欠けを気にしているのは確かである。要らないモノは捨てようと意識していたからかどうかはわからないが、不慮の事故でブログの管理ソフトが飛んでしまい、更新作業がままならなくなった。というより、既存のデータまでもが修復できるかどうかの瀬戸際まで追い詰められたものだから、丸一日修復作業に追われていたと言った方が正しい。ただし、僕がいくら一人で悩んだところで右も左もわからないので、そこは優秀な右腕(笑)=このブログを作ってくれた友人に朝一番に連絡をし、忙しい中作業をやってもらったのである(彼はこれが本業ではないから、本当に申し訳なく思うと同時に全力で取り組んでいただいたことに感謝します)。そんなわけで、昨日は日記も書けなかったし、いくつかいただいたコメントの返信もできなかった。それにコメントをいただいたのに、トラブルの影響でコメントそのものが反映されなかった方もいるようだ。最近では、拙いながらこのブログを楽しみに読んでいただいている方もいらっしゃるようで、ご心配をおかけしました(たかだか一日更新しなかっただけだから誰も心配などしてないかもしれないけど・・・)。結局サイトをリニューアルして、何とか1日休むだけで再開の目処がたった。ところどころまだまだ問題があるので、少しずつ整えて心機一転、より楽しいブログを書いていこうと思う。

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2008年04月20日

メンデルスゾーンはいい

41CASVRJ2BL._SL500_AA240_.jpg月末の「早わかりクラシック音楽講座」の準備をそろそろ始めねばと思い、いくつかメンデルスゾーンに関する文献を読み漁った。彼の音楽は、存命当時非常に高い評価を受け、ヨーロッパ中で愛好されていたようだが、死とともに年々評価が下がり、最悪時は誹謗中傷までされ作品そのものが闇に葬られることもあった。
音楽好きの中でも、一般的にはメンデルスゾーンというと「裕福な家庭に育ったため苦悩の経験がなく、芸術としての深みに欠ける」とレッテルが貼られることも多く、今回伝記などを具体的に読むまでは彼の人生が山あり谷ありであることを僕も知らなかった。
極めつけは、死後3年目に(すなわち1850年)、リヒャルト・ワーグナーにより『音楽におけるユダヤ人』という論文で徹底的に中傷され-ユダヤ人には良い音楽など創れない、メンデルスゾーンの作品も人まねで何の感動も与えない、など-、20世紀には「退廃音楽」としてナチスによって12年間葬り去られるという憂き目にもあっていることだ。
このブログにもこれまで何度か書いているように、僕はワグネリアンとまではいかないまでもワーグナー音楽が好きである。「トリスタン」、「マイスタージンガー」、「指環」「パルジファル」などどれをとってみても、一日中でも聴き浸っていたいと思う瞬間が時折あるほど「毒性(?)」のある音楽ばかりなのだ。
しかしながら、上記のような事実を知ると、ワーグナーの人間性に関しては理解できないばかりか腹立たしくもなってくる。晩年には菜食主義者になり、「共苦、共生」という概念にまで到達したというが、人としての器量の小ささをどうしても感じてしまう。まぁ、音楽が素晴らしいならいいじゃないかといってしまえばそれまでだが・・・。つい最近も「バイロイトのお家騒動」が話題になっていたが、ワーグナー家というのは「自己中心的な我の強い」人々の集まりなのだろうか?親族同士でトラブルのも仕方ないか・・・。

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2008年04月19日

知的タフネス

41E2G4J8C1L._SL500_AA240_.jpg午後、久しぶりに早稲田大学のキャンパスを歩いた。もうかれこれ20余年ぶりになる。早稲田大学産業経営研究所主催の公開講演会。昨年末、無事にGCDF-Japan(いわゆるキャリア・カウンセラー)の資格を取得したのだが、資格を維持するためには向こう3年間で最低45時間の継続学習を科されているので、なるべく早い時期から勉強しようと考えたことと、公開講演会のため無料だったということからWebで発見し、急遽参加したのである。要は合計3時間半の学会だったのだが、なかなか面白いものであった。
特に、最初の早稲田大学教授・内田和成氏による「外資系コンサルティング会社のキャリア・デベロップメント」という講演は、質疑応答あわせ90分に及ぶ意義ある講演であった。氏は、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の元日本代表で、学者的な観点ではなくあくまで自らの経験からくる実務的な観点から「キャリア・ディベロプメント」というものをわかりやすく話し、大変勉強になった。例えば、キャリア形成において最も重要なファクターはOJTであること。彼は「BCGは学校だ」と何度も語っておられたが、人を育てる際、4つのポイントとなる時期が会社にもあるのだという。すなわち、1.会社に入る時点(いかに優秀な人材を確保するのか)、2.在職中(いかに良いプロジェクトにつくか)、3.退職時(その会社にいたことにいかに誇りをもてるか)、4.卒業生を大事にする(卒業生がビジネスマンとして成功していること)なのだが、特に「卒業生がハッピーじゃないと健全ではない」と説く。なるほど、確かに・・・。当たり前の話だが、経営者は一時的な都合で人を使うのではなく、永い目で人を大事にせねばならない。
事前に内容を把握しなかったものだから、ほぼ行き当たりばったりだったものの、ためになると同時に継続学習時間が3時間半確保できたのでほっと安心。学生時代、ほとんど勉強をまともにしなかったものの、あとのお二方の学会発表もなかなかの内容で、知的好奇心をくすぐられた(BCGでは知的タフネスを重視するという。知的に打たれ強いことが大事なのだと)。

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2008年04月18日

朝から「夜」の音楽・・・

417XS1Q0SML._SL500_AA240_.jpg冷たい雨の中の午後一番、日比谷のとある会社にてアポイント。1時間強ミーティングをする。その後、渋谷に移動し、久しぶりにYさんと1時間ちょっと語る。年末年始頃は大変そうで、正直近寄りがたいオーラを醸し出していた彼女も随分落ち着き、抜けたようで調子良さげに見えた。話をいろいろ聞いてみても、やはり悪い意味での固執や拘りが解消されたようで、自然の流れに任せることの重要性がわかったみたい。よかった。
5月末に愛知とし子が久しぶりのソロ・リサイタルを開催するので、そのチケットを最近売り歩いている(笑)。今日もYさんの方から会いたいと言ってきたついでに買っていただく。彼女を含め周りにいるたくさんの方々がソロ・リサイタルを楽しみにしているようで、ピアニストともども僕自身にも気合いが入る。当然僕は舞台に出るわけじゃないので気負う必要は全くないのだが、身内のステージに関しては他人事と思えず、直前になると自分自身が緊張してしまうのだから堪らない。杉並公会堂小ホールの収容人数はそれほど大きくないので、満員にしようととにかく一生懸命。皆様、ご来場のほどよろしくお願いします。

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2008年04月17日

天真爛漫~子ども心

Piazzolla_Tango_Apasionado.jpg午後、雨降る表参道のオープン・カフェでミーティング。昨日の夕方頃、突然Tから会いたいという連絡が入り、アポイントになったもの。彼も最近転職したばかりで、様々なチャンネルを開拓しているらしく、2時間ばかりいろんな話で盛り上がった。すぐにビジネスに結びつく案件でもなさそうだが、近い将来花開くことを祈る。というより、そうなるように動こうと思う。
帰宅し、食事をとった後、ふとテレビをつけると「レゴの達人」決戦をやっていた。20分ほどしか見てないが、へぇと感心。そもそも「レゴ」というものでそういう遊びができるとは知らなかった。どうやらいろんな形のパーツがあるらしく、子どもだけじゃなく大人が楽しめるクリエイティブな遊びだなと思った。
子ども心を忘れずに、天真爛漫に生きることはやっぱり大事。このおもちゃは、そういう素直で純真な心を忘れないような役目を担っているのだろう。

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2008年04月16日

ソロという意識

5101SA8JZVL._SL500_AA240_.jpg今日の朝日新聞朝刊の文化欄で、作家の沢木耕太郎氏の奈良・東大寺での講演についてのレポートが掲載されていた。題して「ソロで生きる意識を」。南米で自身が体験した飛行機事故や、登山家夫妻との交流を通して、信念とする生き方の基本を語ったそうだ。
自分一人ですべてをコントロールできる仕事をしてきたから、その場、その瞬間を十分に生き切っている感じがあるからどんなときでも平気なのだという。
例えば、「ソロで生きると、一人で道を覚え、選択するが、集団だと全体について考えない。同じ時間を生きていても濃さが違う」、「問題はソロで生きていける人たちがパーティーを組んでいるかどうか。パーティーに加わりながらソロで生きていく力を蓄えるあり方は、その人の自由度が増す」、「家庭の中でもソロで生きていける能力を身につけようと意識している」、「どういう局面でも、ソロで生きていける自分をもった上でパーティーに参加していくということを意識することだ」など。なるほど自分中心の意見ではあるものの、個々人が自律して、そしてお互いにシナジーを生み出すような組織やプロジェクトを作ることが重要なんだと再確認した。

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2008年04月15日

Genesis

51mhbWN4RsL._SL500_AA240_.jpgもう17年近く前になると思うが、当時会社の同僚にDというアメリカ人がいた。まだ20歳そこらの留学生で、頭がキレ、日本語も流暢に話す気さくなやつであった。彼はユダヤ人で(敬虔なユダヤ教徒であったのかどうかは今となってはわからないが)、豚肉は絶対に食べないし、牛蒡などの根菜類も人間が食べるものではないというような目で見る、偏食傾向の強い男であったことを思い出す。そういう彼でも気さくで面白く、たかだか半年ほどであったが悲喜交々、共に同じ釜の飯を食うような仲で仕事をしたものだった。
確か当時、「We Can’t Dance」という名のGenesisの最新アルバムがリリースされたばかりの頃で、僕もいくつか彼らのアルバムを熱心に聴いていた時期であった。もともとはPeter Gabrielの音楽が好きで、Peterがリーダーを務めていたということからGenesisに興味を持ち始めたのだが、「有名になり、傲慢になっていく自分自身に嫌気がさした」ということでこのフロント・マンが突如脱退した後、ドラマーであったPhil Collinsがヴォーカルに抜擢されリリースされた最初のアルバムを、偶然事務所のCDラジカセで聴いていたとき、こんなことがあった。
かのDはアルバム・ジャケットを見るなり、顔をゆがめるようにして「どうしてこんなアルバムを聴いてるんだ?!信じられない!」と、まるで化け物でも見るかのような全否定で僕に詰め寄ってきたのだ。その調子があまりに恐かったので、どうしてかと聴くと、Phil Collinsは反ユダヤ思想をもった人間だという。だからGenesisは最悪だし、大嫌いだし、聴くのも憚られるというのだ。少なくともそれまでの僕の概念ではありえない考え方だったので正直驚いた。
なるほど、僕はPhilの立ち入った思想までは知らない。しかし、彼がそういうのだからそうなのかもしれない。まるでナチスやヒトラーを毛嫌いするかのようなPhilに対する口調だったので、それ以後事務所ではGenesisのアルバムは簡単にはかけられなくなったのだ。ただ、そうはいっても件の「A Trick of the Tail」はやっぱり名盤である。

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2008年04月14日

自己中心的に陥っているかもしれない・・・

41DRZ88EG9L._SL500_AA240_.jpg仕事をしていく上で、物事が軌道に乗り出すと誰しもそれを維持もしくは拡大しようと努力を続けることになる。この維持とか拡大が自然の流れに沿った妥当なものなら問題はないのだが、余計なエネルギーをかけることにより過度な負荷がかかり、それに関わる全ての人たちに悪影響を与えることになることが多々ある。関わる全ての人の中でもっとも危険なのが自分自身。人はことの中心にいると客観的にものをみて判断することが難しくなる。
毎月のセミナーを運営していく上でヘルプしていただく人間を確保するために、昨日もある知己の友人と話をしていて、言われたのが、「強引」、「調子良すぎる」というようなニュアンスの言葉。その瞬間はそんなつもりじゃないと弁解したものの、時間をおいて冷静になってみると、確かにそうだったかもしれないと反省した。物事を遂行していくためにはどんなことでも他人の協力が必要になる。だから誠意と謙虚な気持ちを持ってお願いすることが鉄則なのだが、相手との付き合いが長ければ長いほど甘えの感覚や馴れ合いの関係がどうしても先行してしまい、ついつい問題を引き起こしてしまうことになりかねない。

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2008年04月13日

愛することは薔薇の棘

415B9uWOOpL._SL500_AA240_.jpg「愛さらるるは薔薇の花、愛することは薔薇の棘」
堀口大學の詩の一節らしいが、何と言い得た表現であることか。
人は誰もが愛されたいと願っている。しかし、愛することを躊躇する人も多い。無条件に愛することはリスキーだから・・・。

少しの雨の後の夕方、滅法寒い。気温は10℃近くまで下がっている。何だか冬に逆戻りという感じ。こういう日は聴くだけで気持ちが温かくなる南国の音楽でもBGMにかけてのんびりするのが良いのだろうが、生憎お昼前から所用があり、結局夕方近くまでバタバタと時間が潰れてしまった。
ところで、ヨーロッパ諸国の冬の厳しさはこんなものではなく、半端じゃないらしい。僕も何度も訪欧しているが、真冬にあたったことがないので体感としては知らない。ヨーロッパ人、特にドイツや北欧の人々の避寒地はかつてより南欧方面であったという。中でもイタリアはチャイコフスキーやメンデルスゾーンなど著名な作曲家が、訪問に触発されて楽曲を作った温暖な魅惑の土地として有名である。もう15年ほども前になるかと思うが、僕もかつて一度だけ訪れたことがある。ローマとフィレンツェ。特に、ローマなどはどこに足を運んでも場末のような雰囲気の中世的な印象を与える混沌とした街であったと記憶する(それでも流石に本場のイタリア料理、パスタは格別な美味しさで、毎日食べても飽きない魅力があり、いつか将来イタリア各地を再訪問したいと思っている)。

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2008年04月12日

あるがまま自然に

schuricht_eroica.jpg今年の新卒採用戦線は、特に大手の場合4月から本格的に動き出している企業も多く、ちょうど今頃佳境を迎えている。今夜も「第9回就活講座」を開催し、参加していただいた若干名の学生には伝えたのだが、最終的には恣意的にではなくいかに自然に自分自身を表現できるか、そして伝えることができるかであるということをほぼ最後のポイントとして提示した。今の時代はとにかく人と違わないこと、なるべく人に合わせることをモットーに教育を受けてきた若者が多い。就職活動の際にも同じようなスーツを着て、面接官の質問に対しては同じような優等生的な答えを返してくる。確かに間違ってはいないのだが、まるで個性が感じられない。自分というユニークな存在をアピールするには、自分がやってきたことや感動をいかに素で伝え、相手とキャッチボールするかしかない。マニュアルなど糞食らえぐらいのポリシーを持ったほうが良い。この期に及んでジタバタしても始まらないのだ。「あるがまま」を「あるがまま」に。

久しぶりに特製菜食ラーメンを作り、学生諸君に食べさせてあげた。皆喜んだ。とにかく真面目な講座の後、馬鹿話をしながらワイワイがやがやと盛り上がることは楽しい。

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2008年04月11日

親離れ&子離れ

schuricht_wagner.jpg日本武道館で東京大学の入学式があった。祝辞で建築家の安藤忠雄氏が新入生、父母双方に対して「親離れをするよう」促す一幕があったらしい。3200名の新入生に対して父母が5300名。全く異様な光景であることが想像できる。子が成人していく中で親離れをすることは至極当然なのだが、最近では親離れできない幼稚な若者が増えている。子どもも子どもだが、より問題なのは親の方。いつまで経っても「子離れ」できない親が多い。親が子に愛情を、それも無条件の愛情を与えることは重要なことだが、「溺愛」になってしまってはいけない。「愛」を与えることは一方で相手を信じることでもあり、双方が自律することで初めて全うな関係が成立するのであり、こういう親子愛は一方通行的なもので、おそらく親が子を真に信じることができていないのだろう。

僕の主宰する「人間力向上セミナー」の目的は「自分を知る」ことであり、自己と他者を受容する術とそれがどういう状態なのかを体感的かつ理論的に学ぶことである。2日間でまさに「人間」というものを垣間見ることができる。これまで何年間もそういう場を目の当たりにし、何千人という若者と接してきた経験から思うのだが、その人の持つ人間的な問題の根源は家庭環境であり、親の育て方、接し方であるということ。最近は仕事でも結婚生活でも長続きせず、簡単に辞めてしまったり、離婚したりするケースが多い。離婚の場合に限っていうと、親が、それも母親が子離れできておらず、夫婦間の亀裂の原因を作っていることが多い。人間はもともと依存的な生物だと思うのだが、親子においてはできるだけ早いうちに「自律」を促さないと大変なことになる。溺愛し、愛情をいっぱい与えているという親に限って、実は子を束縛しているだけで、本当に「愛」を与えられていない-つまり受け容れていないことが多い。

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2008年04月10日

スピードとキレ

schuricht_concerthall.jpg今夜、久しぶりにまさえとさきが結成した「ピンクさつまいも(略してピンさつだって・・・)」のLiveを聴きに行った。都合45分ほどのミニ・ライブだが、昨年の9月に聴いたときより圧倒的に上手くなっている。とにかくスピードとキレがある。それにオリジナルの歌詞がまた良い。彼女たちはかつて前職で研修をやっていたときの生徒たちだが、さすがに「心のエクササイズ」をやっていただけあり、内容は人と人のつながりや「愛」というものの大切さ、そして「一つになる」ことの重要性があちこちに散りばめられており、全編「感謝」と「愛」に満ちたもの。あとはMCの勉強をし(笑)、もっともっと個性的なしゃべりができるようになったら完璧だと思う。

終了後は高田馬場にて飲み会。20数年ぶりの「清龍」。いやー、懐かしい。かつて早大に通っていた頃に頻繁に顔を出した激安の居酒屋。相変わらずの安さだった。

シューリヒト:コンサート・ホール・レコーディングス

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2008年04月09日

ファウスト的人間

liszt_bernstein.jpg朝から雑務。会社の定款を変更するにあたり区役所で印鑑証明をとったり、片道20分ほどのところにある法務局の出張所を2往復したりと随分歩いた。昨日の突風を伴った雨で浄化されたのか随分空気が軽い。大久保通りを歩いていると、さすがに韓国人街だけあり、たくさんの焼肉屋が軒を連ね、道往く人々の言葉もハングルであったり、中国語であったりと異国を旅している気分に浸れるところが面白い。東京というところはほんとに人種の坩堝だなとあらためて実感する。

国家公務員の長期病休調査で何と63%が鬱病などの精神疾患だという結果が出たらしい。公務員に限らず、民間の企業でも同じようなものだろうと推測する。20年近く人材育成やカウンセリングに携わってきて思うのは、人間であれば誰もが「精神疾患」に陥る可能性を持っているということだ。それくらい人間の精神というのは強くない。人は皆、他者との精神的・物理的ふれあいを求めているものだが、子どもの頃からの環境や体験が原因でメンタル・ブロックを自ずと作ってしまい、多くの人が「孤独」な状況に置かれる。その「孤独」な状況を覆す手段がコミュニケーション、それも「親和」といわれる深いレベルのコミュニケーションなのだが、現代人は上っ面の交流は上手なものの、心のふれあいを伴った深い交流を苦手とする人が多く、人と一緒にいながら「孤独」になってしまっている。要は、そのあたりが「精神疾患」の遠因ではないかと思うのだ。会社での同僚や上司との関係、プライベートにおいても友人や夫婦、家族の関係などで、たとえ1日に数分であろうと心と心がつながるようなコミュニケーションをするよう心がけて欲しいものである。そうすれば一人一人随分楽になるはず。人は独りじゃないのだから。

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2008年04月08日

ハモネプ初めて観ました

41JH5WJDKHL._SL500_AA240_.jpg少しばかり「内職」的な仕事があったので、手を動かしながらふとテレビをつけたら「青春アカペラ甲子園」という番組をやっていた。数年前から人気のある番組で通称「ハモネプ」というらしい。普段テレビは全くといっていいほど見ないし、これまでも見てこなかったのでそんな有名な番組があると初めて知った。
ところで、3時間ほどずっとこの番組を見ていて思ったのは、アカペラという「人声」だけのハーモニーによって音楽を創る手軽さがウケるということでアカペラ人口が爆発的に増えたのだろうということと、数人グループでの演奏がこれまた格好良く、若者の表現意欲を鼓舞するような魅力がとてもあるのだろうということ、そして「歌を思いっきり歌うこと」により抑圧されているものが解放され、それが人と一体化する大きな手段となり、表現者自身がとても気持ちよくなれるのだろうということである。審査員のコメントや結果を見ていると、必ずしも歌が上手かったりコーラスのバランスが良かったりすることだけが重要ではないようだ。例えば、その人たちの持つオーラ、つまり外見を含めた「エネルギー」みたいなものも影響があるのだろう。ただテクニック的に上手いだけでなく観客を楽しませようとする余裕とか姿勢があるかどうかもポイントとなっているようだし、何と言ってもリード・ヴォーカルの重要性が明らかであることは間違いない。結局のところ、大衆に支持されるためには飛び切り目立つフロント・マンと他と一体化する「気(エネルギー)」、そしてパフォーマンスそのものの斬新さが問われるようで、いわゆる「芸術」と「売れる」ということの溝の深さというか差がはっきりと明確にあることがわかってとても面白かった。クラシック音楽の場合でも技術を徹底的に磨くだけでなく、パフォーマンスとしてオーディエンスを楽しませる技、術をもっていることが「人気」のバロメーターになることは間違いない。そういう意味では今年生誕100年で盛り上がっているカラヤンは天才であったのかもしれない。

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2008年04月07日

自制、自省、トゥーランドット

51N8P%2B-cxoL._SL500_AA240_.jpg外は生憎の雨。明日も続くらしい。今夜は大手町で1年数ヶ月ぶりにAと会う。ちょうど結婚して1年が過ぎたらしいが、どうやら尻に敷かれているようで頭が上がらないらしい。否、というより随分「家政婦」扱いしているようで、そのあたりは叱責しておいた。ここのところ夫婦関係で問題に直面して相談を受けるケースが多い。大抵の場合、男性側が結婚するや人が変わったようにいかにも女性を軽んじて命令調になったり、優しさがなくなったりという状況で、双方の言い分を聞くと、男性の方に問題があることが多い。とはいえ、男性をそのような態度に豹変させる女性側に問題が全くないともいえないわけで(例えば男性を充分に愛さない、受け容れないなど)、世の中で起こるすべての事はフィフティ・フィフティーで、「喧嘩両成敗」ではないが、やはりお互いがお互いのせいにするのではなく自らを省みないことには治まるべきものも治まらないというものだろう。誰も悪い人はいない。自分自身を律し、相手を尊重する「想い」を思い出せば全ては解決する。

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2008年04月06日

「災い転じて福来る」ということ

matacic_bruckner_7.jpg人はどうしても「対立」という意識をもってしまうもの。「目」は外にあるものを見るようにできている。耳は外の存在を聞いて認識するための機能だ。同様に「鼻」や「口」もそう。人間の持つ器官というのは「自」と「他」を区別認識するために備わっているようなものなのだが、一方でその機能が「孤立」や「誤解」などの問題を生む原因になっていると考えたことのある人はいるだろうか。ここのところいくつかの研修やセミナー、講座を通して考えさせられることが多いのだが、人生というのは「迷い」の連続で、自己責任という名の下その都度「選択」を求められる。最終的に自分が決断したことでも、環境に左右され、人の言葉や情報に振り回され、うまくいかなかったときには人のせいにしたがる。

仏教では「廻光返照(エコウヘンショウ)」といい、外に答えを求めるのではなく自分自身を省み、自らの中に答えを求めよと説かれている。なるほど言葉でいうのは簡単なことだがそれを実行するとなるとなかなか難しい。しかし、確かに問題の原因を人のせいや社会のせいにしているときは悶々として気が晴れないし、答えの出ない迷路に入り込み、八方塞で二進も三進もいかなくなる。その挙句、人にあたって迷惑をかけたり、そこまで勇気の出せない輩はストレスを溜め込んで心身こう弱状態に陥る。どちらにせよいいことがないわけで、結局のところ「対立」などしないであるがままの状態を維持し、流れに任せてしまうことが大事だということになる。この「自然の流れに任せて我(が)に振り回されない」ということがまた難しい。本当に人生って修行のようなものだとあらためて考えさせられる。

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2008年04月05日

春爛漫-メンコン

41K7N0YKQ0L._SL500_AA240_.jpg小1時間前に伊東から帰宅。2日間の合宿研修は生き抜く間もなくある意味「緊張」の連続で、家に着くなりどっと疲れが出たようで、思うように身体が動かない。終了後参加した皆さんでバーベキューに興じたので体中の臭いを消すのと疲労回復の両方を兼ねて帰るなり一風呂浴びることにした。とにかく今回は、参加していただいた新人の皆さんがとても素直で前向き。講師の立場としては進行しやすくありがたい。しかも引率される経営者の方々、あるいは人事の方々など皆とても気さくで飾るところのない素晴らしい方揃いで楽しく有意義な2日間を過ごさせていただいた。別れ際にはたくさんの方から感謝の言葉をいただいたが、こちらの方こそお礼を言いたいくらいである。本当にありがとうございました。

しかし、伊豆方面の旅は何年ぶりだろうか・・・。桜はさすがにピークを過ぎているようだったが、いかにも温暖な気候のようで海岸沿いの道路をバスで走っているだけでとても爽快な気分になる。ふと頭の中を過ぎった旋律はメンデルスゾーン。彼の音楽は、春たけなわの今頃にとてもよく似合う。

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2008年04月03日

完全休養日

richter.jpg一時期シューベルトのピアノ・ソナタにはまり毎日のように聴いていたことがある。例えば最後のソナタ。第1楽章のあの青白く暗く、そして美しい第1主題が何度も繰り返され、いつ終わるとも果てぬ音の綴織。10年近く前に内田光子盤を聴き、再発見した歌曲王の傑作。しかしながら、シューベルトの問題はしつこいところ。時間をもてあまし、その旋律美にとにかく浸ろうという意思が積極的にあるうちはむしろ歓迎なのだが・・・。この曲は最近ほとんど聴かなくなった。その代わりといっては何だが、もう一つシューベルトのソナタで好きな音楽がある。「幻想」と題される第18番ト長調D.894である。いつぞやサントリーホールで聴いた内田の実演は絶品だった。この曲に関しても発見は随分遅くなってからで、前にも書いたが、確か10年近く前夜中にテレビのチャンネルをつけたところNHK-BS放送でリヒテルの演奏するこの曲がとても感動的で、しかもフィナーレをアンコールで再演するという洒落た演出だったもので今でもその映像が頭から離れない。

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2008年04月02日

うつされたか?!

51DTEKAWGZL._SL500_AA240_.jpg明後日から「新人合同合宿研修」だというのに体調が思わしくない。相方が日曜日の夜から体調を崩しほぼ寝込み状態。ようやく今日病院に行ったらしく、時期外れのインフルエンザの可能性があるということ。えぇー、まずい。4、6時中ほぼ一緒にいるわけだから当然僕にうつっていてもおかしくはない。そういえば身体の節々が重いし、食欲も減退している。今日もお昼前から小1時間ほど打ち合わせをし、帰宅後蕎麦を食べ、美味しいには美味しいがいまひとつ。寝込むわけにいかないので予防をかねて近くの内科に行った。確かに微熱もあるようだ。予防のために病院に来る人はほとんどいないらしく、先生曰く「多少のどが赤みを帯びているけど、今後どのように症状が発展するかによって対処方法が変わるから一番微妙なんだよね。とりあえず軽めの薬を処方しておくよ」とのこと。
とにかくゆっくり休んで備えるしかないか・・・。

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2008年04月01日

エイプリル・フールにグレン・グールドを

B00005GB4M.09.MZZZZZZZ.jpg一昨日の「早わかりクラシック音楽講座」はテーマがベートーヴェンの「田園」交響曲だったので、当時のベートーヴェンの闘争的な心境を表す「熱情」ソナタの第1楽章を聴いていただこうといつものように愛知とし子に演奏をしてもらった。このソナタのモチーフは「運命」交響曲同様4つの音。ほとんどこの交響曲と双子ではないかと思われるほど激情的な主題はそっくりそのままである。講座が終わった後、ご参加いただいたともみさんに声を掛けていただき、「ところで、グールドの『熱情』ソナタは聴かれました?テンポが倍くらい違うんじゃないかと思うくらい遅いんですよ」と仰る。

実は僕のレコード棚には、グールドが亡くなった1982年に追悼盤として再発されたモーツァルトの「ピアノ・ソナタ全集」のレコードが鎮座している。おそらく1度か2度しかレコード針を落としていない新品同様のLPボックス・セットである。それは、当時バックハウスクラウスのモーツァルトを聴き始め、いろいろなピアニストの演奏を聴いてみたいと思っていたこととグールドの弾くバッハの「ゴルトベルク変奏曲」を初めて聴きぶっ飛んだという経験が合わさってレコード店で見かけるなり大枚をはたいて購入したものである。しかし、どのソナタもテンポが極端に速過ぎたり、これでもかというくらい遅かったりと、当時の僕の耳では理解できない風変わりな演奏だったのでそのまま封印してしまったのである。以来、彼のモーツァルトは一度も聴いていない。しかも、それに懲りたのかグールドに関してはバッハ以外せいぜいブラームスの音盤を取り出して聴くのが関の山で、当然ながらベートーヴェンは一度も聴いていなかったし、もちろん持ってもいなかった。
とはいえ、先日のともみさんの言葉が気になり、しかもタワーレコードのポイント・カードが貯まっていたので、新宿南口でカウンセリングがあったのをついでに件のグールドの「熱情」を購入した。

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