幸福な調べ
やりたいことをやりたいともがいている若者が多い。やりたいことをしてお金を稼ぎ生活をすることができたらどんなに幸せだろうかと誰もが考える。では、あなたができることは一体何なのか?少なくとも積み上げてきた経験、あるいはキャリアから逆算して考えるのが妥当な線で、夢を大いに語りながらも何が無理だ、これはできないと諦めてしまう人も多い。
でも、人生80年といわれる今の世の中で1年や2年道草を食ったところで大した支障にはなるまい。未来のことは誰もわからないし、最終的には後から振り返ってあの時あぁして本当に良かったと思えることが多いのだ。
とにかく夢、目標を持って、今何をすべきかだけは明確にし、一瞬一瞬にベストを尽くしてやることをやってりゃ成果はついてくるものなんだろうってあらためて思う。
あとは心からこうしたいと思う願望があるかどうかだけだ。
最近になってようやく心底想うことがある。きれいごとでなくやっぱり人助けだ。人に教えることって難しいが、自ら気づけるような場を提供することはそれほど難しいことではない。少なくとも前向きな心構えや素直な成長欲求をもっている人に対しては納得できるだけの成果を保証する自信はある。
戦後バイロイト音楽祭の再開を記念して、バイロイト祝祭劇場の舞台上で初めてワーグナーの楽劇以外の音楽が流れた、その記念すべき大舞台の指揮者に指名されたのがヴィルヘルム・フルトヴェングラーその人である。57年前の今日、ベートーヴェンの第9交響曲により幕開けした「バイロイト音楽祭」はヴィーラント・ワーグナーの「新バイロイト様式」と称される画期的、抽象的な演出によりしばらくの間物議を醸すことになるのだが、いまや古典と化した彼の演出も当時の一般大衆や旧態依然とした考えの一部の評論家や音楽家などには理解しがたい代物だったのだろう。古い殻を破る勇気のある芸術家(芸術家に限った話ではないが)はいつの時代も槍玉にあげられる-グスタフ・マーラー然り、古くはモーツァルト然り・・・。
結局昨晩は午前4時前まで
仏教の教えの一つである「定力(じょうりき)」という言葉を教えていただいた。理不尽な行為、例えば濡れ衣を着せられた時も一切言い訳をしたり弁明をしたりしない時にしか得られない力らしい。お金や名声がいくらあろうともこの「定力」がないと最後は物事を動かすことができないのだという。聴いた瞬間は今一つ腑に落ちなかった。ある人はそれを「覚悟」だという。「二元論に捉われないこと」だともいう。なるほどそういうものかと考えるが、それでも完全に理解したとは言い難い。
朝から約3ヶ月ぶりのMさんのトリートメント。ここ数日のモヤモヤが何とか解消。効果覿面!その後、東北沢に移動し、
暑い、とにかく暑い。
ハ長調という調整はやっぱり開放感があるのだろう。僕は専門の音楽教育を受けていないし、絶対音感も持ち合わせていないので学問的に考証することはできないのだが、以前
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