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2008年07月 アーカイブ
2008年07月31日

幸福な調べ

couperin_hewitt.jpgやりたいことをやりたいともがいている若者が多い。やりたいことをしてお金を稼ぎ生活をすることができたらどんなに幸せだろうかと誰もが考える。では、あなたができることは一体何なのか?少なくとも積み上げてきた経験、あるいはキャリアから逆算して考えるのが妥当な線で、夢を大いに語りながらも何が無理だ、これはできないと諦めてしまう人も多い。
でも、人生80年といわれる今の世の中で1年や2年道草を食ったところで大した支障にはなるまい。未来のことは誰もわからないし、最終的には後から振り返ってあの時あぁして本当に良かったと思えることが多いのだ。
とにかく夢、目標を持って、今何をすべきかだけは明確にし、一瞬一瞬にベストを尽くしてやることをやってりゃ成果はついてくるものなんだろうってあらためて思う。
あとは心からこうしたいと思う願望があるかどうかだけだ。
最近になってようやく心底想うことがある。きれいごとでなくやっぱり人助けだ。人に教えることって難しいが、自ら気づけるような場を提供することはそれほど難しいことではない。少なくとも前向きな心構えや素直な成長欲求をもっている人に対しては納得できるだけの成果を保証する自信はある。

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2008年07月30日

自分について知ること・・・

Pollini_Stravinsky.JPG「他人と過去は変えられない」
来月の「早わかりクラシック音楽講座」に向けてマーラーのことを少し考えた。彼は19世紀末から20世紀初頭のウィーン宮廷歌劇場の音楽監督として君臨した指揮者でもあるのだが、厳しいリハーサルなど楽員に対する要求は常々半端なものではなく、いわば専制君主的なリーダーであった。そういえば彼の作曲した交響曲などのスコアを見ると、細かい指示が微に入り細を穿ち表記されており、自分が発想したテンポや音の強弱以外はまったく許さないというほど厳格なものである(プライベートにおいても妻であるアルマに対する過剰なほどの支配欲求は、彼がDVの素質を持ち合わせていた一種の精神病だったのではないかと思わせるくらいだ)。
マーラーの音楽は複雑で長大かつ重厚だ。それが魅力だという人もいよう。または人気の所以だろう。でも、歳をとってくると聴き続けるのが辛くなってくるのも事実だ。ガミガミと口うるさく彼の考えや感情を一方的に押し付けられているような気がしてくるのだ。そうはいってもマーラーの音楽が全面的に嫌いなわけじゃないですよ(笑)。

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2008年07月29日

バイロイトの第9新音源

beethoven_9_1951_furtwangler.jpg戦後バイロイト音楽祭の再開を記念して、バイロイト祝祭劇場の舞台上で初めてワーグナーの楽劇以外の音楽が流れた、その記念すべき大舞台の指揮者に指名されたのがヴィルヘルム・フルトヴェングラーその人である。57年前の今日、ベートーヴェンの第9交響曲により幕開けした「バイロイト音楽祭」はヴィーラント・ワーグナーの「新バイロイト様式」と称される画期的、抽象的な演出によりしばらくの間物議を醸すことになるのだが、いまや古典と化した彼の演出も当時の一般大衆や旧態依然とした考えの一部の評論家や音楽家などには理解しがたい代物だったのだろう。古い殻を破る勇気のある芸術家(芸術家に限った話ではないが)はいつの時代も槍玉にあげられる-グスタフ・マーラー然り、古くはモーツァルト然り・・・。
画期的、革新的なものをその時代の人々の大半は煙たがるのだが、結局人間というのは「自分自身の概念を超えるもの」、つまり理解できないものは拒絶しようとする。でも、「その理解できないもの」の中にどれだけの真実が隠されているのだろうか・・・。小さい器の中に収まりきらない「もの」はいくつもある。そもそも人間が見えていること、聴こえていること、その全てが宇宙のごくごく一部に過ぎないのだから。

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2008年07月28日

「太王四神記」観了!

bruckner_7_teldec_furtwangler.jpg結局昨晩は午前4時前まで「太王四神記」を観てしまった。ほぼ2日で全24話をクリアしたのだが、もう一度ゆっくりと細部に注意を払いながら観てみるとより一層理解が深まるだろうと思い、すぐさま2巡目に入るか、それとも順番待ちをしている人たちがいるようなので一旦DVDを返却するか一瞬考えたが、「早いとこ多くの友人たちに分かち合うべき」(大袈裟!笑)と考え、後者にすることにした。少々長いので観るのに幾分勇気もいるが、これほど含蓄に富んだ意味深い(歴史と神話がリンクされた)ドラマもそうそうないように思うので、興味ある方はぜひとも観てください。
「因果応報」という言葉に表現されるように、人が持って生まれる「カルマ=業(ごう)」というものの「怖さ、不思議さ、必然性(うまい言葉がみつかりません・・・)」を実感し、答の出ない迷路にはまりこんだような「重さ」がついて離れないが、それこそ誰もが輪廻転生というループの中にいることを客観的に認識でき、今生自分自身が何のために生きているのか、そして人生において何をしなければならないのかをいろいろな意味で再考するよう促してくれる(あくまで促してくれるというのがポイントです)ところが凄い。

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2008年07月27日

「太王四神記」途中経過・・・

mahler_adagietto_mengelberg.jpg「太王四神記」-ペ・ヨンジュン主演の韓国ドラマ。半月ほど前にウゾイダから観るよう薦められ借りていたDVDをしばらく放っておいた。一見、戦争や恋愛を軸にした大河ドラマのようだが、人間の持つカルマが一貫して通奏低音のように鳴り響いているところが観る者を魅了する。とにかく1話1時間のストーリーが24話まで続くわけだから、合計24時間、テレビの前に陣取ることになる。全てを観るのは、体力、精神力の両方を要する大仕事なのだ。昨日は午前4時まで(第11話まで)。そして今日はお昼前から今まで都合9時間(第20話まで)。この間、買い物に一度出掛けただけで、あとは食事中も時間を惜しんで観るという作業。義務感で観ているのではない。それくらい途中で止められない。僕は基本的に映画やDVDは観ない(長時間テレビを観ていることが苦手なのだ)。ましてや一日中DVDを観通したなんていう経験は人生で初めてのことである。残りあと4話だが、おそらく今晩中に観てしまうのだろう・・・(笑)。

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2008年07月26日

定力(じょうりき)

brahms_furtwangler_3.jpg仏教の教えの一つである「定力(じょうりき)」という言葉を教えていただいた。理不尽な行為、例えば濡れ衣を着せられた時も一切言い訳をしたり弁明をしたりしない時にしか得られない力らしい。お金や名声がいくらあろうともこの「定力」がないと最後は物事を動かすことができないのだという。聴いた瞬間は今一つ腑に落ちなかった。ある人はそれを「覚悟」だという。「二元論に捉われないこと」だともいう。なるほどそういうものかと考えるが、それでも完全に理解したとは言い難い。
帰ってからいろいろ調べてみると、仏教では「0(ゼロ)」-つまり「空(くう)」という安定した状態のことを「定」と表現するのだということがわかった。多過ぎず少な過ぎず、最もバランスの良い状態、それは「軸」をしっかりとさせ、そこに向かって懸命に動く続けることなのだということがぼんやりとだが見えてくる。状態をありのままに受け入れるということか・・・。非常に難しいことだが、人間の永遠のテーマだろうと考えた。

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2008年07月25日

浅草寺へ行く!

brahms_1_furtwangler.jpg朝から約3ヶ月ぶりのMさんのトリートメント。ここ数日のモヤモヤが何とか解消。効果覿面!その後、東北沢に移動し、河野鉄平写真展に行く。鉄平は相変わらず良い写真を撮る。気に入った写真を1枚購入。1時間ばかり語った後、次は浅草を訪れる。東京生活もかれこれ25年になるが、実は浅草は2度目。前回はつい1ヶ月前にKに誘われて行ったHUB浅草店でのJazz Liveだから街を練り歩いて楽しんだわけではない。今日もHUBでのLiveを堪能しようと19:30にウゾイダと待ち合わせ、Kと合流(演奏そのものの評価は別として楽しませていただいた)。待ち合わせまでの時間が1時間ばかりあったので、雷門を通過し、浅草寺に行く。真夏日の黄昏時のお寺はそれこそ乙なもので、まったりとした一時をしばし堪能させていただいた。
ちなみに、今日は久しぶりの外出デートということで何と人生初のプリクラを撮った(笑)。面白いことに二人して超若返りモードの写真。愉快です・・・。

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2008年07月24日

「実」のある創造を!

schubert_9_furtwangler.jpg「人材育成と教育サービスの国際化シンポジウム」に参加した。「グローバル時代における教育サービス標準化の動向」というテーマで海外から4名の専門講師の方々の講演とパネル・ディスカッション。いわゆる非公式の教育や訓練の世界標準を作ろうと始まったプロジェクトのお披露目のようなイベントだった。半日会議室に缶詰になり、いろんな話を聴いたが、「教育」を標準化すれば確かに普遍性を持つように思うが、型にはまった表層的な訓練しか提示できないのではないかという危惧も一方で生まれるように思った。ビジネスをわかりやすくするために「型」は必要だけど、「型」にはめないように育成するところに「教育」の醍醐味があるわけだから何だか矛盾してるように思うんだが・・・。
確かにビジネスとして成功すること、認知を得ることはとても重要。しかし、ビジネスを追求しすぎると内容が浅薄になりがちで、商売と中身のバランスをとることはとても難しい。特に人間教育はそうだろう・・・。

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2008年07月23日

オアシス

schumann_4_furtwangler.jpg暑い、とにかく暑い。
今日は第6回目の「sofaベジタリアン料理教室」。スタートしてかれこれ半年が経過することになる。今日も11名もの方々にお集まりいただき(中にはmixiのコミュニティを通じていらっしゃる方、友人からの紹介ということで初参加される方、あるいは奥様のご紹介という方など、様々な新たな出逢いが錯綜して面白い)、少なくとも世の中には「菜食」というものに興味をお持ちの方々がこんなにもいるものなんだとあらためて感じさせられた。
ところで、昨日と今日、意識して酒を抜いている。普段から大酒のみではないし、どうしてもなくてはいられないという体質でもないから大した問題ではないのだが、大人になってから(つまり社会人になってから)付き合いなどでどうしても飲まなければならない状況が続き、結果いつの頃からか俄然ビールが好きになり、それ以来なかなか飲まない日がなかったものだから自分にとってはとても珍現象のように思われるのである(笑)。
普通なら今日のような猛暑日には冷たいビールを身体に流し込むのは最高なのだが、ともかく今夜も飲まなかった。

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2008年07月22日

楽しむ

wagner_meistersinger_karajan.jpgハ長調という調整はやっぱり開放感があるのだろう。僕は専門の音楽教育を受けていないし、絶対音感も持ち合わせていないので学問的に考証することはできないのだが、以前クラシック音楽講座でもとりあげたモーツァルトの「ジュピター」交響曲やワーグナーの「マイスタージンガー」前奏曲などを聴いていると妙に元気が湧いてきて、一層前向きな気分になれるから時折聴いて自らを鼓舞することにしている。
ここのところ数ヶ月(月に1回のペースだが)、対面カウンセリングをしているあるクライアントから嬉しいメールが届いた。最近ある方から「日々感謝し、楽しむ」ようアドバイスをもらったという。これまで自分は「楽しむ」=「快楽」という風にとらえていたのだが、「他人に喜んでいただけるよう施す」ことが「楽しむ」ことなのだとようやくわかったという内容であった。毎月開催する「人間力向上セミナー」では、理屈ではなく体感的に学んでいただこうと様々な切口で「気づき」の場を提示しているのだが(彼にも参加していただいて既に3ヶ月が経過した)、きちっとフォローしていれば自然気づきを得ていただけるのだと思った次第。
人間はたった一度の経験でものごとをインプットすることはできない。何度も繰り返し反復することが大事なのだが、かといって「トレーニング」というとハードルが高くなり続かない人が多いからどのように提示すべきかずっと考えていたのだが、まめなサポートが受講していただいた方の変化(成長)を助長することなんだとあらためて気づかされた。

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アレグロ・コン・ブリオ~「愛」+「勇気」=「ワンネス」:2008年07月アーカイブ
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2008年07月31日

幸福な調べ

couperin_hewitt.jpgやりたいことをやりたいともがいている若者が多い。やりたいことをしてお金を稼ぎ生活をすることができたらどんなに幸せだろうかと誰もが考える。では、あなたができることは一体何なのか?少なくとも積み上げてきた経験、あるいはキャリアから逆算して考えるのが妥当な線で、夢を大いに語りながらも何が無理だ、これはできないと諦めてしまう人も多い。
でも、人生80年といわれる今の世の中で1年や2年道草を食ったところで大した支障にはなるまい。未来のことは誰もわからないし、最終的には後から振り返ってあの時あぁして本当に良かったと思えることが多いのだ。
とにかく夢、目標を持って、今何をすべきかだけは明確にし、一瞬一瞬にベストを尽くしてやることをやってりゃ成果はついてくるものなんだろうってあらためて思う。
あとは心からこうしたいと思う願望があるかどうかだけだ。
最近になってようやく心底想うことがある。きれいごとでなくやっぱり人助けだ。人に教えることって難しいが、自ら気づけるような場を提供することはそれほど難しいことではない。少なくとも前向きな心構えや素直な成長欲求をもっている人に対しては納得できるだけの成果を保証する自信はある。

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自分について知ること・・・

Pollini_Stravinsky.JPG「他人と過去は変えられない」
来月の「早わかりクラシック音楽講座」に向けてマーラーのことを少し考えた。彼は19世紀末から20世紀初頭のウィーン宮廷歌劇場の音楽監督として君臨した指揮者でもあるのだが、厳しいリハーサルなど楽員に対する要求は常々半端なものではなく、いわば専制君主的なリーダーであった。そういえば彼の作曲した交響曲などのスコアを見ると、細かい指示が微に入り細を穿ち表記されており、自分が発想したテンポや音の強弱以外はまったく許さないというほど厳格なものである(プライベートにおいても妻であるアルマに対する過剰なほどの支配欲求は、彼がDVの素質を持ち合わせていた一種の精神病だったのではないかと思わせるくらいだ)。
マーラーの音楽は複雑で長大かつ重厚だ。それが魅力だという人もいよう。または人気の所以だろう。でも、歳をとってくると聴き続けるのが辛くなってくるのも事実だ。ガミガミと口うるさく彼の考えや感情を一方的に押し付けられているような気がしてくるのだ。そうはいってもマーラーの音楽が全面的に嫌いなわけじゃないですよ(笑)。

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2008年07月29日

バイロイトの第9新音源

beethoven_9_1951_furtwangler.jpg戦後バイロイト音楽祭の再開を記念して、バイロイト祝祭劇場の舞台上で初めてワーグナーの楽劇以外の音楽が流れた、その記念すべき大舞台の指揮者に指名されたのがヴィルヘルム・フルトヴェングラーその人である。57年前の今日、ベートーヴェンの第9交響曲により幕開けした「バイロイト音楽祭」はヴィーラント・ワーグナーの「新バイロイト様式」と称される画期的、抽象的な演出によりしばらくの間物議を醸すことになるのだが、いまや古典と化した彼の演出も当時の一般大衆や旧態依然とした考えの一部の評論家や音楽家などには理解しがたい代物だったのだろう。古い殻を破る勇気のある芸術家(芸術家に限った話ではないが)はいつの時代も槍玉にあげられる-グスタフ・マーラー然り、古くはモーツァルト然り・・・。
画期的、革新的なものをその時代の人々の大半は煙たがるのだが、結局人間というのは「自分自身の概念を超えるもの」、つまり理解できないものは拒絶しようとする。でも、「その理解できないもの」の中にどれだけの真実が隠されているのだろうか・・・。小さい器の中に収まりきらない「もの」はいくつもある。そもそも人間が見えていること、聴こえていること、その全てが宇宙のごくごく一部に過ぎないのだから。

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「太王四神記」観了!

bruckner_7_teldec_furtwangler.jpg結局昨晩は午前4時前まで「太王四神記」を観てしまった。ほぼ2日で全24話をクリアしたのだが、もう一度ゆっくりと細部に注意を払いながら観てみるとより一層理解が深まるだろうと思い、すぐさま2巡目に入るか、それとも順番待ちをしている人たちがいるようなので一旦DVDを返却するか一瞬考えたが、「早いとこ多くの友人たちに分かち合うべき」(大袈裟!笑)と考え、後者にすることにした。少々長いので観るのに幾分勇気もいるが、これほど含蓄に富んだ意味深い(歴史と神話がリンクされた)ドラマもそうそうないように思うので、興味ある方はぜひとも観てください。
「因果応報」という言葉に表現されるように、人が持って生まれる「カルマ=業(ごう)」というものの「怖さ、不思議さ、必然性(うまい言葉がみつかりません・・・)」を実感し、答の出ない迷路にはまりこんだような「重さ」がついて離れないが、それこそ誰もが輪廻転生というループの中にいることを客観的に認識でき、今生自分自身が何のために生きているのか、そして人生において何をしなければならないのかをいろいろな意味で再考するよう促してくれる(あくまで促してくれるというのがポイントです)ところが凄い。

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「太王四神記」途中経過・・・

mahler_adagietto_mengelberg.jpg「太王四神記」-ペ・ヨンジュン主演の韓国ドラマ。半月ほど前にウゾイダから観るよう薦められ借りていたDVDをしばらく放っておいた。一見、戦争や恋愛を軸にした大河ドラマのようだが、人間の持つカルマが一貫して通奏低音のように鳴り響いているところが観る者を魅了する。とにかく1話1時間のストーリーが24話まで続くわけだから、合計24時間、テレビの前に陣取ることになる。全てを観るのは、体力、精神力の両方を要する大仕事なのだ。昨日は午前4時まで(第11話まで)。そして今日はお昼前から今まで都合9時間(第20話まで)。この間、買い物に一度出掛けただけで、あとは食事中も時間を惜しんで観るという作業。義務感で観ているのではない。それくらい途中で止められない。僕は基本的に映画やDVDは観ない(長時間テレビを観ていることが苦手なのだ)。ましてや一日中DVDを観通したなんていう経験は人生で初めてのことである。残りあと4話だが、おそらく今晩中に観てしまうのだろう・・・(笑)。

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定力(じょうりき)

brahms_furtwangler_3.jpg仏教の教えの一つである「定力(じょうりき)」という言葉を教えていただいた。理不尽な行為、例えば濡れ衣を着せられた時も一切言い訳をしたり弁明をしたりしない時にしか得られない力らしい。お金や名声がいくらあろうともこの「定力」がないと最後は物事を動かすことができないのだという。聴いた瞬間は今一つ腑に落ちなかった。ある人はそれを「覚悟」だという。「二元論に捉われないこと」だともいう。なるほどそういうものかと考えるが、それでも完全に理解したとは言い難い。
帰ってからいろいろ調べてみると、仏教では「0(ゼロ)」-つまり「空(くう)」という安定した状態のことを「定」と表現するのだということがわかった。多過ぎず少な過ぎず、最もバランスの良い状態、それは「軸」をしっかりとさせ、そこに向かって懸命に動く続けることなのだということがぼんやりとだが見えてくる。状態をありのままに受け入れるということか・・・。非常に難しいことだが、人間の永遠のテーマだろうと考えた。

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浅草寺へ行く!

brahms_1_furtwangler.jpg朝から約3ヶ月ぶりのMさんのトリートメント。ここ数日のモヤモヤが何とか解消。効果覿面!その後、東北沢に移動し、河野鉄平写真展に行く。鉄平は相変わらず良い写真を撮る。気に入った写真を1枚購入。1時間ばかり語った後、次は浅草を訪れる。東京生活もかれこれ25年になるが、実は浅草は2度目。前回はつい1ヶ月前にKに誘われて行ったHUB浅草店でのJazz Liveだから街を練り歩いて楽しんだわけではない。今日もHUBでのLiveを堪能しようと19:30にウゾイダと待ち合わせ、Kと合流(演奏そのものの評価は別として楽しませていただいた)。待ち合わせまでの時間が1時間ばかりあったので、雷門を通過し、浅草寺に行く。真夏日の黄昏時のお寺はそれこそ乙なもので、まったりとした一時をしばし堪能させていただいた。
ちなみに、今日は久しぶりの外出デートということで何と人生初のプリクラを撮った(笑)。面白いことに二人して超若返りモードの写真。愉快です・・・。

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2008年07月24日

「実」のある創造を!

schubert_9_furtwangler.jpg「人材育成と教育サービスの国際化シンポジウム」に参加した。「グローバル時代における教育サービス標準化の動向」というテーマで海外から4名の専門講師の方々の講演とパネル・ディスカッション。いわゆる非公式の教育や訓練の世界標準を作ろうと始まったプロジェクトのお披露目のようなイベントだった。半日会議室に缶詰になり、いろんな話を聴いたが、「教育」を標準化すれば確かに普遍性を持つように思うが、型にはまった表層的な訓練しか提示できないのではないかという危惧も一方で生まれるように思った。ビジネスをわかりやすくするために「型」は必要だけど、「型」にはめないように育成するところに「教育」の醍醐味があるわけだから何だか矛盾してるように思うんだが・・・。
確かにビジネスとして成功すること、認知を得ることはとても重要。しかし、ビジネスを追求しすぎると内容が浅薄になりがちで、商売と中身のバランスをとることはとても難しい。特に人間教育はそうだろう・・・。

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オアシス

schumann_4_furtwangler.jpg暑い、とにかく暑い。
今日は第6回目の「sofaベジタリアン料理教室」。スタートしてかれこれ半年が経過することになる。今日も11名もの方々にお集まりいただき(中にはmixiのコミュニティを通じていらっしゃる方、友人からの紹介ということで初参加される方、あるいは奥様のご紹介という方など、様々な新たな出逢いが錯綜して面白い)、少なくとも世の中には「菜食」というものに興味をお持ちの方々がこんなにもいるものなんだとあらためて感じさせられた。
ところで、昨日と今日、意識して酒を抜いている。普段から大酒のみではないし、どうしてもなくてはいられないという体質でもないから大した問題ではないのだが、大人になってから(つまり社会人になってから)付き合いなどでどうしても飲まなければならない状況が続き、結果いつの頃からか俄然ビールが好きになり、それ以来なかなか飲まない日がなかったものだから自分にとってはとても珍現象のように思われるのである(笑)。
普通なら今日のような猛暑日には冷たいビールを身体に流し込むのは最高なのだが、ともかく今夜も飲まなかった。

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2008年07月22日

楽しむ

wagner_meistersinger_karajan.jpgハ長調という調整はやっぱり開放感があるのだろう。僕は専門の音楽教育を受けていないし、絶対音感も持ち合わせていないので学問的に考証することはできないのだが、以前クラシック音楽講座でもとりあげたモーツァルトの「ジュピター」交響曲やワーグナーの「マイスタージンガー」前奏曲などを聴いていると妙に元気が湧いてきて、一層前向きな気分になれるから時折聴いて自らを鼓舞することにしている。
ここのところ数ヶ月(月に1回のペースだが)、対面カウンセリングをしているあるクライアントから嬉しいメールが届いた。最近ある方から「日々感謝し、楽しむ」ようアドバイスをもらったという。これまで自分は「楽しむ」=「快楽」という風にとらえていたのだが、「他人に喜んでいただけるよう施す」ことが「楽しむ」ことなのだとようやくわかったという内容であった。毎月開催する「人間力向上セミナー」では、理屈ではなく体感的に学んでいただこうと様々な切口で「気づき」の場を提示しているのだが(彼にも参加していただいて既に3ヶ月が経過した)、きちっとフォローしていれば自然気づきを得ていただけるのだと思った次第。
人間はたった一度の経験でものごとをインプットすることはできない。何度も繰り返し反復することが大事なのだが、かといって「トレーニング」というとハードルが高くなり続かない人が多いからどのように提示すべきかずっと考えていたのだが、まめなサポートが受講していただいた方の変化(成長)を助長することなんだとあらためて気づかされた。

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2008年07月21日

小夜曲

mozart_walter_overtures.jpgセミナーでの講義内容をブラッシュアップしようとここのところ書籍を買い込んで読んでいる。今日も紀伊國屋書店とジュンク堂を梯子して別冊日経サイエンスのバック・ナンバーを何冊か手に入れた。例えば「脳から見た心の世界」。あるいは「こころのサイエンス」。ざっと斜め読みしてみたが、これまで漠然と知っていたことが、再確認できた記事もあれば、なるほどと新たな切口で教わることもあり、こういう勉強も楽しいものである。

梅雨も明け、暑い夜が続く今頃の季節にはやっぱりモーツァルトが良く似合う。モーツァルトの音楽の中には人間のもつあらゆる情感が含まれている。感性に負担なくすーっと心に響く。「脳」に無理なく聴ける、自然な解放感に包まれた最美の楽音。書籍の気になった箇所をマーカーでチェックしながら、モーツァルトを聴き流す。弦楽五重奏曲第1番、フルート協奏曲集、ピアノ四重奏曲などなど・・・。

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2008年07月20日

Take it easy

kremer_after_mozart.jpgモーツァルトの普遍性はやっぱりすごいと感じる今日この頃。歴史上の音楽家の中で彼以上に「受容」のある作曲家はいないのではないかと思えるほどだ。かのショスタコーヴィチもグラズノフから「モーツァルト以来の才能」といわれ世に出ているし、19世紀以降に生きた音楽家の優劣はモーツァルトを規範にしてあると言っても過言ではないだろう。
彼は自身の人生においても絶頂とどん底の両方を体験しているし、その音楽も「喜怒哀楽」のすべてを包括する絶対美の極みである。

ギドン・クレーメルがクレメラータ・バルティカの面々とともに録音した「After Mozart」という音盤がある。久しく聴いていなかったが、今日とりだして何となく耳を傾けたのだが、モーツァルトの天才性を再確認すると同時に、後世の作曲家たちがどれほど追いつき追い越せと躍起になっているかがわかり、どんなに足掻いてもこの天才は超せないという諦めにも似た感覚にとらえられてしまった。父レオポルトの通称「おもちゃの交響曲」も含まれているが、残念ながら作曲家としては格下だろう。

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2008年07月19日

チャールズ・アイヴズ

ives_bernstein.jpg今日もとても暑い。3日連続で東銀座。Sと歌舞伎座隣の「To the Herbs」にて食事をしながらミーティング。名古屋での次回のセミナーの日程調整(9月6日&7日で決定)などを確認し、場所を移してI氏と合流、別件打ち合わせ。さらにはCの旦那様が「人間力向上セミナー」に興味があるというので「Pronto」にて面談。一つ一つ着実に現実化していくことが大事なので、まめに人に会うことを意識している。8月上旬に予定している東京での第7回セミナーも何とか形になりそうだ。

近年、離婚するカップルが激増している。僕も様々な相談を受ける中で、「男女の関係」についてのカウンセリングに遭遇する確率が極めて高い。先日Iさんからお借りした「『好きな人』ともっとうまくいく20の方法」(ドイル・バーネット著)という本はそういう危機に瀕しているカップルに是非読んでいただきたいと思える書籍である。例えば、セミナーの中でいつも僕がお伝えしていることもしっかりと書いてある。
「うまくいく方法1~相手を変えようとせずに、そのまま受け入れてみる。」
当たり前のことだが、これはなかなかできないこと。特に男女はそもそも違った生物だから余計にそうだ。だからこそ「ありのままを受容する」ということが一番大切なことだと最近つくづく思う。

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2008年07月18日

2001年宇宙の旅~ジェルジ・リゲティ

ligeti_Project_2_Nott.jpg1ヶ月前にお願いした「人間力向上セミナー」のネーミングとキャッチ・コピーについての提案をもらうため東銀座のA社にてYとランチ。さすが広告代理店のコピーライターだけあり、僕が考えている内容のすべてをとり入れつつも3つの角度からの知恵をしっかりと盛り込んでセンスの良い(大袈裟か?)開発案をくれた。あとはもう少し細かく吟味して最終決定をするだけ。感謝です。
ミーティング後、向かいの東劇(映画館)にて、公開40周年ということでスタンリー・キューブリック監督作「2001年宇宙の旅」が上映されていたので、思わずチケットを購入して入った(LDなどでもう何度も観ている名作だが、映画館の大スクリーンで観るのはおそらく初めてだと思い、こんな機会は今後なかなかないかもと考えたのだ)。
若い頃に観たときは、あまりに哲学的で、R.シュトラウスの「ツァラトゥストラ」やJ.シュトラウスのワルツ「美しく青きドナウ」など音楽の効果的な使い方ばかりに興味が湧き、その内容までは正直よくわからないというのが本音だったのだが、今日観てよく理解できた。

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2008年07月17日

神秘な防壁

couperin_baumont.jpg今日も暑い。梅雨はまだ明けない。そして、午後から丸一日東銀座。
旅館・吉水のかくえホールにて愛知とし子が「赤ちゃんと寄り添って聴く・・・カノン」(子育てサロン・ナチュラーレ主催)に出演するので、かつての教え子だった友人たちにお客様として子連れで参加いただいた。終了後に近くのNew Yorker’s Caféに呼ばれお茶をしたのだが、初めて会った10年近く前は学生たちだった彼女たちが子持ちの立派な(笑)女性になっていたので、月日の経過の速さと同時に人間の成長度合いの鋭さを実感させられて驚きを隠せなかった・・・。やっぱり人は結婚して子どもができると大きくなる。

今回のコンサートは0歳児とお母さんのために「癒し」をテーマに開催されたものだが、赤ちゃんには(おそらく前世の記憶もまだまだあり)大人には見えない何かが見えて何かが聴こえているらしい。いつもはじっとしていない、あるいは泣きじゃくるという赤子たちがシーンと静まり返り、じっと愛知とし子が奏でる音楽に耳を傾けていたのだという。それに、面白いのはピアノの音色につられてかどうか気持ち良さそうに排便するとも(笑)。まさにデトックス効果。特にこの「かくえホール」のベーゼンドルファーはとても出来が良いらしく、しっとりとした落ち着く気持ちの良い音色を奏でてくれるということだ。
お客様には大変好評だったようで、こういうイベントが継続して開催されると良いと思う。「人間力」という観点から言っても、子どもの頃から「耳に優しい良い音楽」を聴くことはとっても重要だ。

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2008年07月16日

カラヤン19回目の命日に・・・

mozart_karajan_dongiovanni.jpg講師契約をしているW社から「職場を悩ますゆとり社員の処方せん」という書籍が送られてきた。ここ1-2年、モンスター新人が現れ、一般常識が通じない彼らをどう教育するかをサジェスチョンしている本なのだが、最近は大学生ともあまり接点がなく、世の中の状況がそんな風になっているとは知らず、我ながら驚いた。少なくとも僕が主宰するセミナーを受けに来るような若者は、素直で向上心も高く、近頃の学生でも人を想う気持ちがしっかりとあり、大したものだなと思っていた矢先だから、少々意外感もあったのだ。この本によると2008年度に入社した新人は、いわゆる「ゆとり教育」が始まった1992年に小学校に入学した世代で、なるほど「ゆとり教育」というものの功罪がくっきりと現れているのが目の当たりにでき、非常に面白いと思った。モンスター新人は向上心も高いという。頭も良いらしい。しかし、他人と協調することができないことがどうやら特徴のようで、自分勝手な行動が目立つのだと。しかも新人の基本である「電話をとる」ということが全くできないらしい(要は、携帯電話世代であるゆえ、他人にかかってくる可能性のある電話に出る習慣がないのが原因とのこと)。

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2008年07月15日

モーツァルト~信仰と理性のバランス

mozart_22_barenboim.jpg夜風が気持ち良い。ここのところ暑い日が続くが、今日は昼間からそこそこの風もあり、窓を全開にすると部屋があっという間に心地良い空間になる。午後読みかけの書籍を一気に読破する。リチャード・E.ルーベンスタイン著「中世の覚醒~アリストテレス再発見から知の革命へ」。宗教と科学の調和をテーマにした中世の西洋世界の精神史がアリストテレスを軸に巧妙に語られてゆく様はさながら(ちょっと前にベストセラーになった)「ダヴィンチ・コード」に負けぬほどのミステリー小説のよう。
おそらく21世紀の今になって「信仰と理性の調和」が大いなる課題になっていることの裏返しのようなものかもしれない。

歴史は面白い。過去を知れば知るほど「歴史とは繰り返すものだ」という実感が湧く。今の世の中で起こっていることは数百年前のヨーロッパで起こったことと極めて近い。中世のヨーロッパも「自然災害と社会的混乱」に対して無防備な社会に変貌しようとしていた。経済成長は不景気と停滞のうちに終わり、それとともに領主と農奴の間の衝突が激化した。爆発的な人口増加も終わり、気候までもが悪化する。そして最悪は黒死病といわれるペストの大流行。

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2008年07月14日

名古屋セミナー成功!

brahms_abq_quintett.jpg猛暑です。本日午後名古屋から帰京しました。
昨日までの2日間にわたる「人間力向上セミナー」(名古屋コース)はお陰さまで成功裡に終えることができました。5名の参加者と3名のアシスタント諸氏の真剣な取り組みと一生懸命のサポートに感謝します。うまくいけば9月にも名古屋で開催できそうなので、東海近辺に友人がいる方はぜひご紹介ください。
地方でセミナーを開催するのは初めての試みだったが、なるほど大いにニーズはあると実感した。20代前半から30代後半までのいわゆる企業戦士の方々がまるまる2日間研修ルーム(勝川ルネック-駅近で良かった!)に缶詰になり、楽しくコミュニケーションをとりながら「自分自身への気づき」を深めていく様は今更ながら圧巻で、人が人に与える力の凄さを見せつけられた。
もう数百回もこういうセミナーを開催し、1万人近くの人たちと出逢ってきたのだが、人間はとてもシンプルなものだということをあらためて感じさせられる。年齢とか性別とか職業とか、そういうものを抜きにして、誰もが人と「深く交わりたい」、「わかりあいたい」と思っているのだということが体感を通してよくわかる。誰だって孤独は嫌なもの。素直になるって素晴らしい。

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2008年07月11日

人と人との関係は「即興」がベストなり

mahler_book.jpg明日から名古屋でいよいよ「人間力向上セミナー」。セミナーそのものは10数年もやってきているので、間違いなく成功するという自信はあるのだが、新しい環境、場所、そして新しい人達との出逢いということもあり直前は必ず緊張する(良い意味で)。
頭の中でいくらシミュレートしようと、あるいは話すことを事細かに念入りに創り込んだとしても、結局その通りにはいかないので、全く白紙の状態でリラックスすることにしている。要はセミナーそのものについては必要なものの準備だけをきっちり済ませて、あとは考えないのがベストなのだ。人それぞれ感じ方、考え方、そして反応も違う。その時、その瞬間、目の前にいる方々と「直接に出逢う」ことが最も重要だ。

音楽之友社から発刊されている「作曲家◎人と作品シリーズ」の一冊、「マーラー」をざっと読み返してみた。10代の頃この作曲家には随分お世話になった。思春期のあの頃もつ独特の「憧れ」や「不安」、あるいは「清らかな気持ち」や「怒り」といった種々雑多な感情がごった煮のように詰め込まれたグスタフ・マーラーの音楽は今となってはなかなか正面から聴くことは難しい。美しいと思える瞬間は多い。しかし、あまりに支離滅裂で、分裂し、しかも1時間超という交響曲に対して、物理的精神的な「余裕」と「根気」が要るのだ。

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2008年07月10日

納豆の日-またしてもショスタコーヴィチ

shostakovich_5_kobaken.jpgショスタコーヴィチの第5交響曲、第1楽章再現部の第2主題-フルートとホルンが絡み合ってニ長調で主題を奏する部分はいつ聴いてもホッとした気持ち(癒される!)になる。先日の「早わかりクラシック音楽講座」のためにこの楽曲については相当調べたからいろいろなことが理解でき、愛着もより一層湧く。この第2主題は、すなわちビゼーの歌劇「カルメン」の有名な「ハバネラ」からの引用なのだが、「アモーレ、アモーレ(恋よ、恋よ)」とカルメンが色気たっぷりに歌いかける部分の旋律を拝借しており、とても意味深だ。若い頃から恋多き(浮気性?!)青年だったショスタコーヴィチらしく、この交響曲を書き上げている時の(新婚であったにも関わらず)愛人とやりとりした恋文が150通以上も残されているというし、状況から考えると束の間の逢う瀬を十分に謳歌したのだろうと推測できる。体制への迎合のために作られた曲であるという従来の見解、あるいはヴォルコフの「証言」で語られている「強制された歓喜」であるという作曲者自身の言葉など全くの創作で、最新の研究によるその愛人に向けての「恋愛」感情をこの音楽に託したのだという見解があながち間違っていないのではないかとついつい思えるほど、ここのフレーズは愛らしく響く。

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2008年07月09日

没頭すること

asahina_shostakovich.jpg「音楽現代」7月号を斜め読みしていて、野口剛夫氏の「フルトヴェングラーの遺言」という連載記事に目が留まった。「比較でなく没頭を」というタイトルで巨匠の遺稿(手帳に書き残したメモ)が紹介されている。

「人は芸術作品に没頭しなければならない。・・・没頭するとは愛することに他ならない。愛とは品定めや比べたりすることのまさしく対極にある行為であり、比較を絶したかけがえのない本質を見抜く。白日の下にさらして評価しようとする冷たい知性の世界は、比類ない芸術作品の価値をまるで理解できないのだ」(1937年の遺稿:野口氏訳)

なるほど、比較-つまり他人の目を気にしたりしているうちは「一心不乱」になりきっていない。「一心不乱」になれないものは「愛」ではないということか・・・。そういえば残された映像や写真を見てみても、フルトヴェングラーの演奏中の没頭ぶりは並大抵ではない(ように見える)。宣伝相ゲッペルスの前で演奏する戦時中のベートーヴェンの第9のラストの演奏然り、戦後、ロンドンでのブラームスの第4交響曲フィナーレのリハーサル映像然り。もちろん、彼の数多ある商業録音や放送録音のどれをとってみても、恐ろしいまでの集中力と作品や作曲家への「愛」を貧しい音の中から確認することができる。

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2008年07月08日

自分を信じる

goldberg_nikolayeva.jpgピアニストの熊本マリさんは一度だけグレン・グールドに会ったことがあるという。コンサート・ドロップアウト以後、公衆の前にはほとんど姿を見せなかったグールドに出逢ったというのはほとんど奇跡的だ(彼女はこれまでの人生の中で自分が夢として掲げたことはすべて実現してきたという)。そういった様々な経験が自らを信じる原動力になっているようだが、その大切さを教えてくれたのがグレン・グールドだったらしい。
ある年のクリスマス、カナダのトロントに住む友人から自宅に招かれた彼女は、グールドに逢いたい一心で彼のアパートをアポイントもなく訪れたという。その少し前に「演奏を聴いてもらいたい」旨を手紙に託したものの、(当然だが)返事がなく、結局直談判しようと向かったということだ(すごい!!)。結果的に彼女はエレベーターでグレン・グールドに逢った。しかし、その時は「今は時間がないからゆっくり話せない。あとからアシスタントが君に電話をするから電話番号を教えてください」と言われ潔く引き下がった。
「本当に電話をくれるのか?」あまり期待せずにいたところ、その夜アシスタントから電話が入り、グールドからのメッセージが伝えられたという。

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2008年07月07日

スペインの夜

falla_espana_argerich.jpgちょっと話題が古くなってしまったが(1週間も経過してる・・・)、サッカー欧州選手権でスペインが優勝したという。基本的にスポーツには興味のない僕なので、どこが優勝しようとあまり関係ないのだが、ちょうど優勝当日にテレビをつけたらその映像が流れており、意外に興奮して観られるものなんだと感心した(笑)。野球にせよサッカーにせよ、要はチームワークのスポーツなのだから奥深いものなんだろな・・・。

ピアニストの熊本マリさんが書き下ろした「人生を幸福にしてくれるピアノの話」という本を読んだ。もう10年以上も前だと記憶するが、当時NHK-FMで俳優の渡辺徹氏とコンビを組んでやっていた「おしゃべりクラシック」という番組を好んで聴いていたゆえ、とても懐かしかった。残念ながら彼女の実演は聴いたことがないので、演奏そのものに関しては言及を避けるが、ラジオでのおしゃべりがとても上手く、マルチ・タレントぶりを発揮されていたことが思い出される。この本はほぼ彼女のこれまでの人生を簡単に振り返りながら、思ったこと感じたことが綴られているのだが、とても気さくな人柄が溢れ出ていると同時に、プロのピアニストとしてどれほどコンディション管理などを大切にしているか、あるいはいかに苦労しているかなどが書かれている。
彼女は10歳の時から父親の仕事の関係でスペインに住み、そこの音楽院で学んだことが今の成功の土台になっているということらしいが、ピアノの勉強一つとってもいかに日本と教育方法-というか考え方が違うかが痛感させられる。おそらくヨーロッパ諸国というのは見かけのテクニック(もちろん技術も重要だが)以上にその人の個性を重視したユニークな演奏が要求されるのだろうと理解できる。

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2008年07月06日

ハインリヒ・シュッツ

Schutz_mauersberger.gif以前、ハイドン作曲の「十字架上のキリストの最後の7つの言葉」をとりあげたことがある。僕はムーティの指揮を決して評価しないが、この楽曲に関しては十八番のようで、2種類ある音盤はどちらも名作だ。時折とりだしては聴き入る。

今日は第17回「早わかりクラシック音楽講座」であった。毎々そうだが、終了後は概ね好評。今回はソビエトの大作曲家ショスタコーヴィチをとりあげたものだから、ここ数日はショスタコ漬けで、重く暗い(笑)音楽に浸りこんでいた。しかし、そうはいってもショスタコーヴィチは天才で、音楽を聴けば聴くほどその深遠で広大な世界の虜になってしまう。
確かにソビエトという閉鎖された世界で生きざるをえなかった作曲家だけに、第一印象は極めて暗い。しかしまた一方で、おもちゃ箱をひっくり返したかのような「ひょうきんさ」も見せてくれる。実に面白い。
ただし、多少耳疲れしているのは確かで、耳に優しく(ぼーっと聴いていられるということ)、かつ心に染み入る音楽を聴きたくなり取り出したのが、「十字架上のキリストの最後の7つの言葉」。それもハイドン作のものではなく、16世紀ドイツの天才作曲家、ハインリヒ・シュッツの同名作。

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2008年07月05日

メロンの熟した甘み-ベートーヴェンのラルゲット

beethoven_2_walter.jpg中目黒邸のN君が「メロン・パーティ」を開くというのでいそいそと出掛けた。実は去年から誘ってくれと口酸っぱく言っておいたものの、すっかり彼が忘れていて、1年越しの実現(大袈裟な!笑)。シャンパンで乾杯の後、北海道産地直送の熟れに熟れたとびっきり上等のメロンに舌鼓を打ちながら歓談する。銘柄は「アサヒメロン」、そして「富良野メロン」、2種類のメロンを嫌というほど堪能させていただいた。こんなに美味しいメロンがあったのかと驚愕するほどのできで、また来年もよろしくね、とお願いしてお暇した。
とにかく招んでいただいて感謝です。

恵比寿で久しぶりにかつての生徒だったYと会う。もともと名古屋勤務だった彼女に来週末の「人間力向上セミナー」のヘルプをお願いしようと急遽時間をとってもらったのである。3年目にしてすでに部下をもつチーフとは・・・。やっぱり「負けず嫌い」なんだろね。とにかく若いうちは「負けず嫌い」が大事。1時間強話をして、前向きに協力してもらうことになった。感謝。

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2008年07月04日

24の前奏曲

chopin_bunin_prelude.jpg夏日で風もほとんどなく久しぶりに暑い一日があっという間に過ぎ去る。黙ってじっと座っているだけでじわっと汗ばんでくるような何ともいえない暑さ。こういう日は聴くだけで涼しくなるような音楽をBGMにぼーっと過ごすのがベストなのだが、なかなかそうもいかない。
昨日のオフ会で阿部寛主演の「バブルへGO!」が面白いと話題になったので、早速TSUTAYAに走り、観た。確かに面白い。けど、やっぱりフィクション臭バリバリのところが正直もうひとつだったかな(余興としては十分ですが)。阿部寛でいうなら、それよりドラマでやった「結婚できない男」の方が圧倒的に味のある演技で面白かったし、ストーリーとしても日常的で良かった。
映画でも小説でもなんでもあまりに非現実的になると興醒め。そういうものとして観てしまうから共感が少なくなる。芸術(まぁこの映画は芸術とはいえないからこれはこれでいいのですが)は作り物であってはならない。あくまで「体験したこと」、そして「心」の反映でなくては・・・。

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2008年07月03日

ショスタコーヴィチの広角レンズ

shostakovich_5_bernstein.jpg雅之さんは異動で名古屋。ぷみ君は留学のため渡英。
今宵、いつもコメントをいただいているお三方(ともみさん、雅之さん、ぷみ君)と初めてのオフ会を開いた。このブログをひょんなことから見ていただき、そして「早わかりクラシック音楽講座」にいらしていただいて、前回第16回の講座で一堂顔を合わせ、クラシック音楽の話題で花が咲き、本日に至った。とても短い交流だった(過去形!)ものの、時空を超越し、何だか古き良き仲間に会った気分だった。こういう仲間は前世からつながってたんでしょうね。本当に不思議で面白いものです。

ショスタコーヴィチは天才である。天才とは360度どんな角度からでもモノを見ることができ、受容することのできる人をいうのだと僕は思う。

ショスタコーヴィチ:交響曲第5番ニ短調作品47
レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団

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2008年07月02日

「原子心母」でヒーリング

atom_heart_mother.jpgいかにもイギリス的な幻想的で鬱蒼とした音像の中から微かな光の差し込む瞬間の感動がたまらない。少なくとも「Wish You Were Here」の頃までのPink Floydは完璧なバンドであった。Roger Watersがエゴに走り、ほとんどソロ・アルバム的なニュアンスでレコーディングをした「The Wall」などは糞くらえだと思う。ましてや「The Final Cut」はもはやPink Floydの作品とはいえぬくらい「陰」に傾いてしまっている。
バランスを取り戻す、そして本来の自分自身に戻る。Pink Floydが「The Dark Side Of The Moon」という化け物アルバムを残せたのは、Roger Waters, Dave Gilmour, Nick Mason, Rick Wrightという誰一人として欠けてはならない4人が一つになったからであり、The Beatlesが「Abbey Road」「Sgt. Pepper’s」 という傑作を残したことと全く同じ理由からなのである。こんなことは別に僕が語るまでもなく当然の事実なのだが。

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紳助はやっぱりすごい!

shinryu_dvd.jpg友人からDVDを借りて観た。絶対に感動するから、というより勉強になるから、と。
本当に感動した。そして勉強になった。下手な啓発本やそんじょそこらのフィクション映画より心を揺すられた。
成功者として事実を語っているに過ぎない。すべてが当たり前といえば当たり前なのかもしれない。でも、全てが「なるほど」と納得させられるコメントばかりで、特に2時間フルでNSC(吉本総合芸能学院)の生徒に語る講座は涙が出てくるほどだ。
ハングリーといえばハングリーなのだが、要は若い頃から全てを「鳥の目」的に捉えられていて、しかも自分の掘り下げや世の中の動きを敏感に感じ取る努力や才能は並大抵ではない。一見やんちゃに見せながら、ありとあらゆることを計算しつくして今の彼があるということが本人の口から訥々と語られてゆく様は見事だ。それに何といっても「謙虚」である。決して偉ぶらない。「自信」の塊だが、あくまで「謙虚」という姿勢。

「紳竜の研究」(島田紳助、松本竜介)

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2008年07月01日

ショスタコーヴィチを聴いて教わること

shostakovich_stern_trio_2.jpg先日の「リーダーシップ研修」は概ね成功だったようで、本夕受講者の方々からのフィードバックを直筆の感想文形式にしていただいた。ひとつひとつのコメントを丁寧に読んでいくと自ずと理解が深まる。人にモノを教示する時、結局それは自分に語っているのである。人は自分の中にあるものでしか他を計れないし、逆に言うと自分を戒めるために他者にアドバイスするのだと思う。ともかくそういう場(つまり自省できる、あるいは気づきを得られる場)を提供していただけたことに感謝しよう。

今日もバランス論になった。他者にモノを教授する前に、足元をしっかりさせねばどうにもならない。自分がどうなりたいのか?あるいはどうしたいのか?自分のこととなると何事も曖昧にしてきた癖がどうにも抜けない。しかし、どうしてこれまで20年近くも人間の土台を磨くセミナーに関わってきたのかと自問すると、答えは「必要としている人が大勢いるのがわかるから」ということと「他者に喜んでいただけることが何より嬉しいと思う」ということになる。具体的イメージ、そして行動、さらに継続である。

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