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2008年10月11日

クナッパーツブッシュのワーグナー

wagner_kna_1962_dvd.jpg最近は、政治の世界や経済界の出来事全ては「人間」が意図的に創作した寸劇のようなもので、良くできた(というよりここのところは裏がみえみえの)虚構のように冷静に捉えることができ、随分大局的ものが見れるようになったかなと我ながら感心する。
今日もとある区議の話を聴いていて、政治家も結局は「身の保身」ばかりに意識を置いていて、選挙時の公約などはどこ吹く風で、お互いの足を引っ張り合ったり、ライバルを貶めることばかりを考えているようで、こういう人達ばかりだと日本はいつになっても変わらないなと何だか情けなくなった。
かつての明治維新(幕末)の時のような血気盛んで勇気溢れる「憂国の志士」のような人材は現れないものなのだろうか・・・。いや、たとえそういう輩がいたとしても、今のシステムだと結局表舞台に出られず、埋もれた存在になってしまうのがオチで、裏側からジワジワとしくみを変えていくような努力をした方がやっぱり賢明なのかな、などとひとり考えた。

昔、三島由紀夫が割腹自殺を遂げた際、市ヶ谷の自衛隊駐屯地での例の「檄」は、30数年後の現在をまさに予言し、今こそ立ち上がるべきだと訴えかけたもので、過激ではあるものの、先見の明があるといえばある内容だった。当然時期尚早だったという見方もできるし、結局自己を売り込みたいがための一種のパフォーマンスだったという見方も大いにできるわけだから、彼がもう少しうまく段取りを運ぶことができていたら、少しは日本も変わっていたのではないかと真面目に考えたりもする。とはいえ、その当時ですら、自衛隊員の大半は三島の言葉に振り向きもせず、半ば嘲笑交じりの口調で彼のことを無視したようだから、一個人がいかに背水の陣をしいて努力をしたとしても限界があることは見えている(もちろん僕自身はそんなことができる勇気も根性もないから、これ自体無責任な発言なのだが・・・)。

そういえば三島が監督をした短編映画「憂国」(1966年)のBGMにはワーグナーの「トリスタン」の音楽が使われている。誇大妄想癖であったワーグナーの個性と恐らく相通ずるものを感じたのだろう。あるいは彼自身が「男女の愛というものは死によって完成するのだ」というワーグナーの思想にただ純粋に感化されていたのかもしれないし・・・。

ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」~第1幕前奏曲と愛の死
ビルギット・ニルソン(ソプラノ)
ハンス・クナッパーツブッシュ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(DVD)

最近は4時間あまりに亘るワーグナーの「トリスタン」を聴く元気は正直ない。しかし、この音楽の持つ妖艶で官能的な魅力は他の何ものにも変えがたく、時折その音の波に触れたくなる。そういう時に必ず聴きたくなるのが「前奏曲と愛の死」が収められているクナッパーツブッシュのスタジオ録音盤(以前、楽劇「ワルキューレ」第3幕フィナーレを採り上げたが、同じ音盤に収録されており極めて重宝している)なのだが、今日は先年突如発売された泣く子も黙るDVDを観る。1962年のウィーン芸術週間でのライブを記録した途轍もない掘り出しモノ(他にバックハウスとの協演によるベートーヴェンの第4協奏曲!などが収録されている)である。何せクナッパーツブッシュが動いているのである。それだけで必見の価値あり。

※三島は意外にクナのワーグナー(スタジオ録音盤)を愛聴していたかもしれない(勝手な憶測であり、個人的希望でもある)。

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コメント (2)
雅之:

1.[返信]

おはようございます。

・・・・・・私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このまま行ったら「日本」はなくなってしまうのではないかという感を日ましに深くする。日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう。それでもいいと思っている人たちと、私は口をきく気にもなれなくなっているのである。(三島由紀夫のエッセイ「果たし得ていない約束」より 1970年7月7日付 産経新聞夕刊)

最近、右の三島由紀夫(1925-70)や左の小林多喜二(1903-33)、あるいはロシアのドストエフスキー(1821-81)など、過去の作家の作品の中に、怖いくらい鋭く現代を予見した部分が多いことに、今更ながら驚嘆しています(今、発売されたばかりの亀山郁夫氏の新訳「罪と罰」第1巻を読んでいます・・・面白いです)。

さて、三島とクラシック音楽との関係でいえば、ワーグナーの他、ラヴェルも思い出しますね。小説「潮騒」(1953-54)を、ギリシャ神話「ダフニスとクロエ」から着想したのは常識ですし(当然ラヴェルの曲もよく知っていたはず)、身長が低いことへのコンプレックスの裏返しのダンディズム、同性愛、ある種の仮面性等々・・・ラヴェルとの共通点は多いですね。

一方、もう30年くらい前どこかで読んだのですが、諸井誠が三島に「オペラの最高傑作はなんですかね?」と尋ねたら、間髪をいれず「それは(ビゼーの)カルメンだよ、君」と答えた逸話も思い出しました。

ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の世界も、男の世界の騎士道と女のエロスとの葛藤など、確かに三島由紀夫の世界観を連想させる部分が多いですね・・・これを語りだすと、またコメントがどんどん長くなってしまいます(笑)。ご紹介のクナのDVD、同時期に発売された「ワルキューレ」第1幕の映像とともに、たいへん貴重なものだとおもいます。ワーグナーの究極の演奏ですね。

おかちゃん:

2.[返信]

>雅之様
おはようございます。
三島のこのエッセイは僕も以前読み、そのあまりの「予知」に吃驚しました。おっしゃるとおり、三島も多喜ニもドストエフスキーもとても鋭い視点をもってますよね。というより、批判を恐れずに書いてしまうなら、右翼思想、左翼思想、あるいは神の在不在という思想の中に、それぞれ「正しい答え」があるように思います。各々の考えが三角形の頂点のようなもので、決して交わることがないものの、ひとつひとつがないと世界は成り立たないように思うのです。宗教の対立による戦争もそうですが、「思想」の根底、つまり「真理」というのは結局一つのわけですから各々が反発せず、受け容れあうことが重要なのではないかとつくづく思うのです。

そういえば「蟹工船」や亀山版「カラマーゾフ」が数十万部売れるという嘘みたいなブームが起こってますが、三島だけは一部の狂信的信奉者がいるものの、そういう現象がないですよね(僕が知らないだけかな・・)。あまりに倒錯的な独自性が一般からは受け容れがたいんでしょうかねぇ。それとあまりにブルジョワ的な(僕は似非だと思うのですが)側面が前面に出すぎているところが気になります・・・。

そうですね、ラヴェルも三島のお気に入りでしたね。確かに似ているかもしれない(笑)。それに「カルメン」が最高傑作だと言った話も有名ですよね。良い曲ですが、最高傑作となると・・・。

このあたりはいずれまた再会の折に雅之さんと議論したいところです(笑)。

>同時期に発売された「ワルキューレ」第1幕の映像とともに、たいへん貴重なものだとおもいます。

これも名演ですね!!最高です!!


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