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2008年12月01日

ピエ・カンツィオーネス、そしてシベリウス

sibelius_tuonela_jarvi.jpg2008年も残り1ヶ月・・・、本当に時間の経過は早い。2日間にわたる名古屋での「人間力向上セミナー」では、お陰さまでまた多くの「気づき」を得ることができ、ご参加いただいた(そしてご協力いただいた)皆様にも相応の納得のゆく成果を持って帰っていただけたのではないかと自負している。グループ・ダイナミクス的に考えると、本当はもう少し多くの方々とのコミュニケーションを通じながら自己の振り返りをする方が望ましいのかもしれないが、なるべく個々のニーズに合うような手作り感を求めていくと、少人数というのも決して悪くないものだと実感した。
昨日のセミナーでもお話ししたのだが、「相手の状況や状態を顧みず、一方的に発信するのではなく、水の流れに逆らわず、波に乗るかのように他者とキャッチボール、すなわちコミュニケーションができるようになると、人間の関係性は一層濃く、深いものになるのではないかと思う。より「人間らしく」、より「自分らしく」生きていきたいものだ。

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2008年11月15日

がんばれ!

wagner_rogner_meistersinger.jpg「逃げちゃダメだ」。昨日、夜遅くに先日のセミナーの個人セッションでアドバイスしたひと言。いつも思うが、忠告やアドバイスというのは結局自分自身に言っているようなもので、昨晩もそういいながらふと「新世紀エヴァンゲリオン」のことを思い出した。第1話で、初号機のパイロットに突如指名されEVAを目の前にして碇シンジが心の中で叫ぶ言葉が「逃げちゃダメだ」。結局彼は勇気を振り絞ってEVAに搭乗することになるのだが、僕にとってあのシーンはとても印象的。
なぜ印象深いのか自問してみると、少なくとも若い頃の僕は「逃げる」ことばかり考えていた傾向があるからだ。そう、性格は極めて「びびり」だったわけです。ところが、人生いつまでも逃げていられないということがある時にわかる。少なくとも社会に出てからは必ずチャレンジをしなければならない状況に置かれるのだから面白いもの。まぁ、よく考えてみると全ての行動は自分自身が判断して選択しているわけから、やっぱり僕は「勇気があるんだ!(笑)」などとも思って、自分自身を日々鼓舞している。
物事はぶつかるか逃げるかどちらかである。「今」をベストを尽くして生きるなら、何でもそうだと思うがチャレンジすべし。

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2008年11月14日

ヴァントのポストホルン

Mozart_posthorn_wand.jpgマニュアルを参照しながらMT4を使ってセミナーのホームページをコツコツと作っている。ほぼ大枠はできたのだが、問題が一つ。普段、僕はブラウザにFirefoxを使っており、どういうわけかアップロードした画像がFirefoxでは表示されない(IEで確認すると、こちらは問題ない)。キャッシュの問題か、それともCookieの問題なのか、IT素人ながら一応あぁじゃないかこうじゃないかと思案、推測しながらいろいろと試みても解決しない。もちろんマニュアルのQ&Aにはそういう類の質問は明記されていないので、どうしたものか・・・。おそらく「何だ、そんなことか!」というような些細な何かが問題になっているだけなんだろうが、僕の知識ではこれ以上はお手上げ。どなたかお知恵を拝借できる方いたしたらご教示ください。よろしくお願いしますm(_ _)m

僕は専門的にITやコンピューターのことは一切勉強していない。ともかく仕事上の必要性から見よう見まねでPCを触りながら学習してきたが、基本が理解できていないからこういうところでつまずく。誰かわかる人に最初からお任せでやってもらえば何の苦労もないが、それだといつまで経っても覚えない。一度「壁」にぶち当たってクリアしておくと、そのことは忘れないから後から必ず役にたつ。他人に教えてあげることもできる。人間にとって「挫折」や「壁」は必要なんだということが、こういう時にも確認できるから、人生って素晴らしい(大袈裟・・・)。

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2008年11月09日

wagner_knappertsbusch_munchen.jpg5つの儀式で有名なチベット体操には、実は第6番目の儀式(体操)がある。僕は5年前から欠かさずこの体操を朝課にしているが、第6体操だけは封印したままだ。なぜなら、いわゆる性的なエネルギーをより高次のエネルギーに転化するためのワークゆえ、「性機能を捨てる、あるいは捨てても良いと考えている人」にしかオススメできないからだ。裏を返せば「生命エネルギー」の源泉が「性的エネルギー」と直結しているということ、すなわち生命活動そのものが「性」であるということなのである。

40数年前上映された際、物議を醸した三島由紀夫の「憂國」のDVDを観ていて、三島という作家がいかに未来と過去を縦横無尽に往来できた宇宙人的な人間だったのかがあからさまに想像でき、彼の作品どころかその人間性にこれまで以上に興味をもつようになった。とにかく、この映画は18歳未満NGの但し書きがついた30分ほどの短編映画ではあるものの、思ったより過激な演出は少なく(いや、最後の切腹、そして妻の愛に基づく死のシーンは過激かな・・・)、時間の経過を全く感じさせない不思議なリアルさをもつのである。

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2008年11月02日

自分自身を信じなさい!

knappertsbusch_brahms.jpg人は皆本来素直だ。どんな人でも人と直接に交わり、身近な人への感謝の気持ちを想い出すだけで、自ずと行動のパターンが変化していくのだからこれは面白い。誰もが「癖」をもっている。その「癖」がどこから生じているものなのかを探り、知るだけで変化が起こる。そして、究極は、以前にも書いたカール・ロジャースの「自分自身を受容したとき、人間には変化と成長が起こる」という言葉。自信を持つことの重要性、というよりそもそも人間は誰もが「自身」を持って生まれているということを再確認することだけで一種の化学反応が起こる。その証拠に、体感を伴った自覚を持った人は数ヶ月のうちに自ずと変化と成長を起こしているから。
人の悩みというのは意外に一律だ。結局自信が持てないということ、あるいは、人とうまくやっていけないということ。でも、それは自らが原因を作っているということにまず気づかねばならない。「信じること」こそすべての「薬」なのである。

セミナー後の打ち上げで気分よく、多少酔っ払っている。気分が良い(笑)。

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2008年10月15日

素直に自分を伝えること

tchaikovsky_maisky_sinopoli.jpg自分の気持ちや思いの丈をストレートに表現できないことは辛いことである。家庭の事情や幼少の経験から「伝えること」を禁じられていたり、あるいは体得していなかったり、または無条件に受け容れられるという体感が足りない時、人は自らに閉じこもり、発散することなく、あらゆる感情を鬱積させてしまう。「病は気から」というが、精神的に不安定になったり、身体が弱く病気がちな人の共通した特長といえば、子どもの頃のストローク不足という点が指摘できるように僕には感じられる。そして、自身の心を素直に表現できないため、ないしは相手の心を感じとり、信じて受け容れることができないため、結果「孤独」に陥ってしまう。
「群衆の中の孤独」という言葉通り、現代は物理的に「孤独」なだけでなく、他者とどんなに交わっても精神的に「孤独」を感じる人がとても多いそうだ。家族の基本的なあり方-核家族化された家族のあり方の弊害と言えば弊害か・・・。「他者と直接に出会う」という勇気をもって行動を起こせば、長年凝り固まっていた「概念」が容易に融解し、きっとあっという間に楽になることだろう。ともかく他者を信じ、そして何よりも自分自身を信じ、当たってみることだ。「当たって砕けろ」というが、決して砕けることはない。

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2008年09月13日

ザルツブルク音楽祭75周年記念CD

wiener_philharmoniker_und_ihre_dirigenten.jpg先日、友人のウゾイダがブログで「無欲と大欲」について書いていたのを見て「なるほど」と思った。僕なども「無欲」であることを妙に美徳とし、大事なことを忘れていたように思う。いや、(僕も)知らなかったと言った方が正しい。

ザルツブルク音楽祭75周年記念「ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と偉大な指揮者たち」
モーツァルト:歌劇「魔笛」K.626~序曲
アルトゥーロ・トスカニーニ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

アルトゥーロ・トスカニーニのザルツブルク音楽祭への出演が最後になった1937年に録音された「魔笛」。その序曲がこの音盤には収められているが、ティンパニの炸裂するキレのある、しかも意味深い有機的な響きが奏でられているのを聴くと、トスカニーニという音楽家には真に「愛」があり、一般的にいわれている「独裁者」というイメージとは程遠いとても人間的な温かい側面をもった大芸術家だったのではないかと容易に想像できる。同年、ライバルであったヴィルヘルム・フルトヴェングラーとザルツブルクの街中において偶然鉢合わせし、口論となったことがきっかけで以降二人の巨匠が交わることは二度となかったということであるが、その際に交わされた会話はあまりにも有名なもの。

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2008年08月21日

自分らしさ

shostakovich_barshai_chamber.jpg仕事にせよ日常の瑣末なことにせよ、明確に目的・目標をもち、常にそこに焦点を当てながら行動を起こしていけば当たり前だがぶれずに成果を得られる。でも、この目的・目標というものが漠然とし、自分がどちらの方向に向かって進んでいるのか、あるいは生きたいと思っているのかよくわからなくなってしまっている時が曲者だ。

歴史の中に答があるように、会社には会社の歴史に、自分には自分史の中に全て答がある。
自分らしさというのは、過去に遡り、自分がどういうときに怒り、笑い、そして泣いたのかを思い起こし、整理していくと一つの切口が見えてくる。あるいは岐路に立ったときにどちらの道を選んだのか-つまり、どういう選択をどういう理由でしてきたのかを振り返っていくと、これまた同様に一つの切口が明らかになるだろう。「自分らしさ」というものを今一度明確にしておくことは大切である。

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2008年08月08日

8並び

holst_detoit.jpg8月8日は「数字のメソッド」(辻麻里子著)によると、『宇宙の扉が大きく開かれる日』だという。「宇宙の中心と太陽のゲートが結ばれ、進化の波が地球にまで波及するだろう」と書かれている。特に今日は、2008年ということもあり、無限大を表す「8」が3つ並ぶことになる。古来、「八」は末広がりを意味し、東洋では「幸運」を意味する数字でもあるのでこんな目出度い日はなかなかない。
それに朝からめっきり天気も良く、外出するだけで汗が吹き出るくらいの相変わらずの暑さなのだが、数日前までの何だか気持ちの悪いジメジメ感はだいぶ薄れているので、むしろ爽快だ。

今宵、名曲喫茶「ミニヨン」での「愛知とし子の真夏の夜の夢」と題するサロン・コンサート。50人も入れば満員となる会場は熱気に溢れ、いくらか緊張気味であった愛知自身もトークを交えながらひとつひとつ丁寧にプログラムをこなしてゆく(それにしても話が上手くなった)。ファースト・アルバムからの楽曲やショパン、ドビュッシーなどの名曲、そしてアンコールとしてメンデルスゾーンの劇音楽「真夏の夜の夢」からの「結婚行進曲」(今日は北京オリンピックの開会式で、しかも8が並ぶ日だから中国でも日本でも結婚するカップルが多かったらしい)で締め括られた今夜の演奏は、開放感に満ちており、来場いただいたたくさんのお客様に喜んでいただけたようでよかった。ちなみに今夜の白眉は予想通り「月光」ソナタで、この人はどうもベートーヴェンを弾くために生まれてきたのではないかと思えてしまう・・・。11月の「テンペスト」がますます楽しみになった。

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2008年07月21日

小夜曲

mozart_walter_overtures.jpgセミナーでの講義内容をブラッシュアップしようとここのところ書籍を買い込んで読んでいる。今日も紀伊國屋書店とジュンク堂を梯子して別冊日経サイエンスのバック・ナンバーを何冊か手に入れた。例えば「脳から見た心の世界」。あるいは「こころのサイエンス」。ざっと斜め読みしてみたが、これまで漠然と知っていたことが、再確認できた記事もあれば、なるほどと新たな切口で教わることもあり、こういう勉強も楽しいものである。

梅雨も明け、暑い夜が続く今頃の季節にはやっぱりモーツァルトが良く似合う。モーツァルトの音楽の中には人間のもつあらゆる情感が含まれている。感性に負担なくすーっと心に響く。「脳」に無理なく聴ける、自然な解放感に包まれた最美の楽音。書籍の気になった箇所をマーカーでチェックしながら、モーツァルトを聴き流す。弦楽五重奏曲第1番、フルート協奏曲集、ピアノ四重奏曲などなど・・・。

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