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2008年12月08日

ワークショップZERO、ドイツ・レクイエム

brahms_deutsches_requiem_barenboim.jpg「人間力向上セミナー」の簡単なホームページを作った。いろいろと悩んだ末、ネーミングは「ワークショップZERO」にする。ここでいう「0(ゼロ)」とは、何もないという意味ではない。インド哲学や仏教でいうところの「無」、「空」、あるいは「中庸」という意味に近い。「0(ゼロ)」は始まりであり、バランス(調和)でもあり、無限小という意味で「限りなく無限に近い」数字である。そのことが僕の知的好奇心を妙に刺激した。そう、いわゆる「無」という概念には宇宙全体が含まれており、その哲学的意味深さにちなんでいるのだ。今の時代こそ人々が「調和」に目覚め、各人が潜在的に持っている「無限の可能性」に気づき、そしてお互い協力し合って世の中を良くしていこうという意味を込め・・・。ただネーミングの由来をWeb上でわかりやすく説明するのは極めて難しく、今のところそのページだけはアップできていない。さて、どうするか・・・。

10月21日の滋賀短期大学での公開講座報告が学報に掲載されたようで、ご丁寧に3部ほどご送付いただいた。「楽しく興味深い語りと愛知とし子さんのピアノが印象的だった」という内容のコメントまでいただいており、素直に嬉しい。それに、(教養講座全体のアンケートなので、一概に判断はできないのだが)90%以上の受講者が「よかった」と感じていただけたようで、いろいろな意味でまた「やる気」、「勇気」をいただけたことにあわせて感謝します。

ブラームス:ドイツ・レクイエム作品45
ジャネット・ウィリアムズ(ソプラノ)
トーマス・ハンプソン(バリトン)
ダニエル・バレンボイム指揮シカゴ交響楽団&合唱団

20代の終わり頃一時期、ブラームスに恋焦がれるようにはまっていた時期がある。作品1のピアノ・ソナタから作品122の11のコラール前奏曲、それに作品番号をもたない全ての楽曲の音盤を集め、とにかく日々いつの瞬間(もちろん仕事以外の)も彼の音楽に浸っていた、そういう時代であった。なぜそれほどブラームスの虜になったのか・・・?
音楽はもちろんなのだが、どちらかというとその「人間」に興味をもったのが事の始まり。残された晩年の肖像写真を見ると、気難しく頑固そうな髭面が印象的で、とっつきにくそうな性格だろうとついつい思われがちだが、彼の伝記など文献を漁ると、ブラームスについて知れば知るほど、実は気弱で人一倍優しい人柄だったことが手に取るようにわかる。そう、「素直になりたくても気恥ずかしくて素直になれなかったんだろう」ことが、まるで当時の自分自身の「鏡」のようで、不思議な親近感を覚えたのだと思う。

ところで、この「ドイツ・レクイエム」。1856年の恩師シューマンの死、そして1865年の最愛の母の死に接し、それぞれの追悼のために書いた曲だといわれているこの音楽には、死者を弔うための祈りの気持ちはもちろんのこと、人間の生のそこはかとない悲しみが充溢している。青年ブラームスの創造した傑作。

第1曲「幸いだ、悲しんでいる人達は」(合唱)
何故なら彼らは慰められるに違いないからだ。(マタイ5、4)
彼ら、涙とともに種まく者は、喜びとともに刈り入れるであろう。
彼らは行き涙するけれども 義い種を背負っていれば、喜びとともに、
刈り入れた収穫の束を携えて来る。(詩篇126、5~6)
(対訳:丸山桂介)

2008年09月26日

シューベルト歌曲の魅力

schubert_bostridge.jpg「士は当に己に在る者を恃むべし。動天驚地極大の事業も、亦都て一己より締造す。」
立派な男子たる者は、自分にある所のものをたのむべきであって、他人にたよることがあってはいけない。天地を動かし驚かすような大事業でも、総て自分からして造り出されるものである。(久須本文雄訳)
自分を信じること。人間は何事においても、自己を信じ自己の力で独立独行せよと一斎は説く。

佐藤一斎が「言志録」を書き始めた1813年から遡ること2年。ゲーテは自伝「わが生涯より・詩と真実」を発表する。

人間は行きたい方へ行くが良い。人間はしたいことをするが良い。しかし人間は、自然が描いている道へ必ずまた戻ってくるに違いない。
~ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ「詩と真実」

自身の直感に従ってやりたいことをやりたいようにせよ、とゲーテは読む者に、そして自らに語りかけるのだ。

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2008年08月19日

戦争

britten_warrequiem.jpg何年経っても「人の縁」というのは素晴らしい。本夕、20年近く前に勤務していたNHKプロモーションの旧知の友人と久しぶりの再会。近未来のビジネスの話を交えながら3時間ほど歓談。とても清清しいひと時を過ごさせていただいた。感謝。

戦争世代ではない僕でも、毎年8月ともなると「戦争」のことをついつい考えてしまう。2008年という今の時代でも相変わらず世界の至る所で「戦い」が勃発しているが、人と人との争いはどうにか終止符が打たれないものなのだろうか?「人類皆兄弟」、船舶振興会ではないが、そんなことを思ってしまう今日この頃である。

今日も晩夏、あるいは初秋の雰囲気を醸し出す天気。昨日まで高原での涼しい生活をしていたものだから、東京での暑苦しい生活に嫌気を覚えていたが、さすがに一時よりは過ごしやすい。

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2008年08月11日

夏休み(18日まで)

pachelbel_motetten.jpg残暑お見舞い申し上げます。何年ぶりかで長期の夏休みに入る(といっても1週間だが)。わが実家の方ではお盆のお墓参りは1年のメイン・イベントで、ある意味お正月以上に帰省するようやかましく言われてきたのだが、前職では仕事の事情でなかなかこの時期休みをとることができず、20年ぶりに一昨年の夏に1日だけ帰省したのがそもそもの始まり。結局その半年後には退職しフリーになるわけだが、あれから早2年。あっという間の2年。月日の経過は驚くほど速い。
今年は5日間ほど滋賀に滞在する予定だが(長期は何と20数年ぶりか!)、15日の夜には愛知とし子がCDを購入してくださった方々のためにミニ・リサイタルを開くのでこちらも気合いが入る。

まずは本日これから名古屋に向かい、先月の「人間力向上セミナー」にご参加いただいた方々と再会し、飲み会。ちょうど1ヶ月ぶりなのでみんなの変化が楽しみだ。

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2008年06月21日

ただ「今」の音楽

lili_boulanger_BBC.jpgかつて船井幸雄氏が自著で繰り返し述べていた「百匹目の猿」現象。ある行動を起こす猿が百匹に達すると行為そのものの波動が伝播してまったく関係のない離れた別の地で猿たちが同じような行動をし始めるという。生物そのものが「波動」であるゆえ、当然といえば当然。「意識」は見えない波に乗って時空を超え伝わってゆく。

「思考は現実化する」というがその通りだと思う。もちろん具体的な行動を起こさねば何も変化はないのだが、頭に描いた夢(想い)というものはたとえ少しずつであろうと形になるもの。「ネガティブな発想をすること」は良くないといわれるが、それが「今」の自分の状態なら仕方がない。一晩寝て翌朝はまた「ポジティブな発想をしている」かもしれない。そういうものである。

どこかで聴いたことのある音楽である。誰かの作風にとても似ているのだ。
世界には自分と瓜二つの人間が3人は存在するという。音楽の旋律然り、構造然り。
「祈り」の音楽であるにもかかわらず、重みと「不吉感」をもつ音楽。「祈り」というもの自体が「プラス」でも「マイナス」でもない。ただ「今」の状態を受容すること。そういう想いを喚起してくれる「受容」の音楽。

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2008年05月30日

mozart_grossemesse_fricsay.jpg朝日新聞夕刊の「ニッポン人脈記」。今日から「日中子々孫々」というタイトルで日本と中国の架け橋を演出してきたエピソードが何日かにわたって語られるようだ。
今日の記事の中に次のようなことが書いてあった。歌手の谷村新司が上海音楽学院の教授に招かれ、その授業で水を半分入れたコップをもとに「詩」を書くよう呼びかけた時の話。クラシックをベースに幼い頃から一貫して英才教育を受けてきた秀才たちに自分で詩を書くという授業など受けたことがなかったらしい。しかし、30分ほどで中に素晴らしい発想、そして表現力のものがあったことが途轍もない驚きだったという。

『コップが倒れ、水がこぼれ出た。そのとき、水は初めて自由を知った。そして自分には形がないことも知った-』

まさに。「水」は「魂」と同じなんだ。

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2008年05月20日

満月に憑かれた・・・

schoenberg_pierrot.jpgなるほど台風の影響というのは大きいものだとあらためて実感した。今朝から強風と強烈な雨で外がやけにガタガタとうるさい。上陸しているわけでもないのに、である。またしても電車が止まったりして相変わらず東京は自然の力の前に「脆さ」を露呈するのだが、昼ごろにはすっかり雨もあがり、雲間から陽光が差し、淀みない平穏な「気」が訪れる。
少しばかり仕事をこなしながら音楽を聴こうと棚を漁る。
Roxy Musicの音楽、Bryan FerryのVelvet Voiceは過ぎ去った嵐の後の静寂の空間にとてもよく似合う。1980年発表の「Fresh + Blood」を小さめの音量で流す・・・。Bryan Ferry、Phil Manzanera、Andy Mackayの3人編成となったRoxyの紡ぎ出す都会的なセンス満点の楽曲群は、以前取り上げた「Avalon」とともに30年近くを経た今でも色褪せない(初期のRoxyの音楽は多少古びた感をもつのだが)。

「Running Wild(Ferry, Manzanera)」
There’s that melody again
burning through my head it does me in
turns me right around to my old friend
wonder how you’ve changed, are you still

またしてもあのメロディが
僕の頭の中を焦がしながら抜けてゆき
僕に古くからの友を思い出させる
どう君は変わったんだい、あるいは今でも

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2008年04月08日

ハモネプ初めて観ました

41JH5WJDKHL._SL500_AA240_.jpg少しばかり「内職」的な仕事があったので、手を動かしながらふとテレビをつけたら「青春アカペラ甲子園」という番組をやっていた。数年前から人気のある番組で通称「ハモネプ」というらしい。普段テレビは全くといっていいほど見ないし、これまでも見てこなかったのでそんな有名な番組があると初めて知った。
ところで、3時間ほどずっとこの番組を見ていて思ったのは、アカペラという「人声」だけのハーモニーによって音楽を創る手軽さがウケるということでアカペラ人口が爆発的に増えたのだろうということと、数人グループでの演奏がこれまた格好良く、若者の表現意欲を鼓舞するような魅力がとてもあるのだろうということ、そして「歌を思いっきり歌うこと」により抑圧されているものが解放され、それが人と一体化する大きな手段となり、表現者自身がとても気持ちよくなれるのだろうということである。審査員のコメントや結果を見ていると、必ずしも歌が上手かったりコーラスのバランスが良かったりすることだけが重要ではないようだ。例えば、その人たちの持つオーラ、つまり外見を含めた「エネルギー」みたいなものも影響があるのだろう。ただテクニック的に上手いだけでなく観客を楽しませようとする余裕とか姿勢があるかどうかもポイントとなっているようだし、何と言ってもリード・ヴォーカルの重要性が明らかであることは間違いない。結局のところ、大衆に支持されるためには飛び切り目立つフロント・マンと他と一体化する「気(エネルギー)」、そしてパフォーマンスそのものの斬新さが問われるようで、いわゆる「芸術」と「売れる」ということの溝の深さというか差がはっきりと明確にあることがわかってとても面白かった。クラシック音楽の場合でも技術を徹底的に磨くだけでなく、パフォーマンスとしてオーディエンスを楽しませる技、術をもっていることが「人気」のバロメーターになることは間違いない。そういう意味では今年生誕100年で盛り上がっているカラヤンは天才であったのかもしれない。

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2008年03月17日

換骨奪胎

51A642AEXTL._AA240_.jpg昨日一昨日と気炎を上げて頑張ったものだから相当疲れたらしく思いのほか熟睡した。多分1:00前に就寝したと思うのだが、朝7:00にはすっきりと目覚めもよく爽快な気分であった。こういう睡眠は久しぶりかもしれない。東京は空気も悪く、周辺の雑音も夜通し五月蝿く、既に慣らされた身体ではあるものの、慢性的に睡眠不足に陥っていることは間違いない。

朝から曇り空とはいえ3月も半ばを過ぎ、上着を着なくても日中は過ごせるのでとても心地よい。午後から音楽を聴きながら読書をし、まったりとした時間を過ごす。そういえば去年の今日の今頃は中目黒で「誕生日祝い」をやってもらっていたなと回顧に耽る。
月日の経過は早い。今年になって一段と加速しているようだ。円高の進行と株価の下落。予想以上にアメリカの景気の先行き不安が世界中に影響を与えているようだ。チベットの騒乱。ダライ・ラマ14世は「武力の使用は時代遅れだ」と中国当局の対応を非難。資本主義の限界か。人間の欲と思惑が入り乱れる・・・。

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2008年03月05日

悲しみの聖母

4113SZ6MAXL._AA240_.jpg午前、いつものように新橋でアポイントがあり、新大久保駅から山手線に揺られ、現地に向かう。曇り空だが、やはり「春」の匂いがする。おもむろに書籍を取り出し(「リサイクルをしてはいけない(武田邦彦著)」)、30分ほど斜め読みする。2000年に出版された本だからさすがに古い情報もあり、「ん?」と首を傾げる部分もあるにはあるが、概ねagreeである。産業革命以来の「人間の傲慢さ」、「自然に対する感謝の忘却」-確かに40年来人間として生きてきて当たり前のように思っていた「地球」というものの存在について考えさせられる。古来、人々は大地と共に共存共栄してきた。そのことを人間はあらためて考え直さなければならない時期なのだろう。

春先の爽やかな冷たい風を感じながら、ロッシーニを聴く。

ロッシーニ:スターバト・マーテル(悲しみの聖母)
リューバ・オルゴナソーバ、チェチーリア・バルトリ(ソプラノ)
ラウール・ヒメネス(テノール)、ロベルト・スカンディウッティ(バス)
チョン・ミョン=フン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、国立歌劇場合唱団

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