Spain
事が起こってしまってから気づいて「後の祭」だということがよくあろう。
問題が起きたときに、大抵の人はその原因を「外」に見つけようとする。どんなに血眼になって探そうとも「外」にあるはずもなく、結局は自分自身の「内」にあるのだということに気づけるだけで様子はガラッと変る。問題やトラブルは恐らくほとんどの場合、「エゴ(我)による行動」をその因としているのだから、「エゴによる行動」か「そうでないか」を見極められるようになると、途端に事はうまく運ぶようになる。その見極めはかなり難しいと思うが、自分自身の「直観力」、「感覚」をもっと信じるところから始めることが肝心だ。初めの直感ほど「正しい」ことはない。迷いに迷って、考え過ぎれば考え過ぎるほど人は道を誤るもの。
幼少時に失明したにもかかわらず、ホアキン・ロドリーゴが世に送り出した名曲は数多い。中でも美しい旋律と哀愁漂う楽想をもった傑作「アランフエス協奏曲」は20世紀が産んだ5本の指に入る協奏曲といっても過言ではない。まさに「直感」だけを頼りに孤高の作曲家が生み出した心に染み入る音楽。今や通俗曲となったこの曲を普段好んで聴くことは滅多にない。しかし、年に1度か2度、ふと取り出して耳にするのはカルロス・ボネルがデュトワ&モントリオール響をバックに録音したDecca盤(1980年:この頃のデュトワはまさに飛ぶ鳥を落とす勢いで、ロシア物、フランス物、スペイン物など多くの名盤を残している)。ともかく涙が出るほど美しい。第2楽章のあの有名な憂愁感漂う旋律を創出しただけでもロドリーゴは偉い!
久しぶりに一日家の中で過ごす。とはいえ、10月はイベント目白押しで、やらなければならない(考えなければならない)ことが多く、ぼーっとするわけにもいかず、朝からPCに向かっては資料を作成したり、参考文献を読んだり、あるいは机の上に買ったまま積んである書籍のいくつかを同時に読み進めたり、と頭の中はいつも以上に忙しい。
キャリアについて考える時、スタンフォード大学のジョン・クランボルツ教授が提唱した「計画された偶発性(Planned Happenstance)」理論は、まだまだ適性が明確に見えていない20代の若者たちにとって未来を楽観的に考え、自身を導く材料として近年注目を浴びるようになってきているらしい。キャリアというものは、用意周到に計画して準備できるものではなく、むしろ偶然に目前に起こっていく事柄を知らず知らず捕らえているうちに積みあがっていくものだという考え方である。
モーリス・ラヴェルのピアノ協奏曲。特にその第2楽章の美しさは言語を絶する。普段愛聴するのは
久しぶりにJazz魂をくすぐる演奏に出逢った。
いつの間にか5月。どうということのない長閑な一日だったが、慌しく過ぎた日でもあった。午前中に事務作業をこなし、恵比寿に出掛ける。先日の「人間力向上セミナー」の個人セッションを1件こなし、その後は市ヶ谷へ。駅上のスターバックスで2時間ほどミーティング。結局20:00頃に帰宅し、ひとり寂しく(笑)食事をしていたら、相方が弟T君同伴で帰ってきた。T君も仕事が忙しいようで1ヶ月半ぶりかな。GWは時間があるらしく、まだ終わってなかった個人セッションの予約を受け、談笑。何だかみんな人を求めてるんだな。「親和」の交流は重要だ・・・。
Miles DavisのBitches Brew。
ジョージ・バーナード・ショーの著作に
冷たい雨の中の午後一番、日比谷のとある会社にてアポイント。1時間強ミーティングをする。その後、渋谷に移動し、久しぶりにYさんと1時間ちょっと語る。年末年始頃は大変そうで、正直近寄りがたいオーラを醸し出していた彼女も随分落ち着き、抜けたようで調子良さげに見えた。話をいろいろ聞いてみても、やはり悪い意味での固執や拘りが解消されたようで、自然の流れに任せることの重要性がわかったみたい。よかった。
午前中、羽田方面にて所用があったので山手線に乗る。ラッシュアワーの山手線は何年ぶりだろうか(というよりラッシュアワーは何年ぶりだろう)?前職の時も出勤時間はアバウトだったので通勤ピークタイムに電車に乗り合わせることはまずなかった。車内の尋常でない混雑ぶりを体感しながらサラリーマンは毎日のようにこういう状況に置かれるのかと感心した。
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